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No,63 グラフィックアート日本代表、横尾忠則のポスターは最高だ

グラフィックアート日本代表、横尾忠則のポスターは最高だ

 

私は恐らく奇人・変人の部類に入ると思う。

いや、正確に言うと、そうであって欲しいと思っているだけかもしれない。

 

でも、30代前半なのに、好きな音楽は1920年代から1970年代までの

ジャズ

ブルース

ロック

だし、常に新しいコテンポラリーアートを探している…。

そして、そんな男だから、他人と中々話が合わない。

 

でも、今日紹介するアーティストはきっと話が合う人が一杯いるはずだ。

なぜなら、

 

横尾忠則

 

の存在があまりに偉大過ぎて、恐らく、国内では知らない人がいない(はず)。

だからである。

 

横尾忠則は多くのチラシやポスターを作っているが、

実は一時期本格画家としても活動している。

 

商業アートも、純粋なアートも全部素晴らしいのが横尾忠則。

「頭おかしいんじゃないかこの人?」と思えるのが横尾忠則。

「センス抜群だな」と思えるのが横尾忠則。

そして、現在のアートは横尾忠則がいなければ、

日本のアートは、違う道をたどっていたのだろうと思わせてくれるのが横尾忠則なのである。

 

それでは、私の知ったかぶりをここに記す。

 

 

基本情報

「横尾忠則」

本名

  • 横尾忠則

生年月日

  • 1936年6月27日 -
生まれ
  • 兵庫県

最終学歴

  • 兵庫県立西脇高等学校 卒業
代表作品
  • 万博太陽(1967年)
  • 万博 空(1967年)
  • まじで多すぎるからあとは割愛 …etc.

 

作風

 

横尾忠則全ポスター

横尾忠則全ポスター

 

 

なんというのだろうか?

多分、横尾忠則のような作品を「ナンセンスな作品」というのだろう。

 

第一、グラフィックアートというものは、商業アートなのだから、

ポスターを作るにしろ、チラシを作るにしろ、

紹介する商品やイベントを中心に考えなければならない。

 

商品があって作品がある。

 

それが普通だと思うのだが、

横尾忠則の作品は、表現欲求が先行しているようなものが多い。

商品名の大きさがやたらと小さかったり、

商品自体が歪に、不気味に描かれていたり、

不愉快なほどの攻撃的な色彩であったりする。

 

「依頼した会社は本当にこれでいいのか?」

 

と思うような作品が多いのである。

 

当然、私は横尾忠則のそんな姿勢を大好物としているのだが…。

ナンセンスという言葉は横尾忠則のためにある。

横尾忠則作品以上にこの言葉がハマる作品を私は知らない(言い過ぎか…)。

 

 

横尾忠則がアーティストになるまで

 

横尾忠則全版画 HANGA JUNGLE

横尾忠則全版画 HANGA JUNGLE

 

 

横尾忠則大好きな私だが、実は自宅に横尾忠則の資料があまりない。

よって、どうやってアーティストになったのかは表面的にしか知らないのだが、

どうやら、生まれたときからその才能を兼ね備えていたようだ。

 

5歳で絵本「宮本武蔵」(渋い絵本だ…)を模写したのだからその才能は素晴らしい。

我が子なんて、6歳になるのにヘロヘロの絵しか描けない。

そして、少年時代には絵本や映画ポスターの模写、野球選手や有名俳優の似顔絵を描きまくっていたそうだ。

高校では美術部に所属し、油絵を描きまくった。

初めて公的な意味で作品を残したのは、西脇高校の学園祭ポスター「西高祭」であるが、

この作品、高校生とは思えないセンスである。

お洒落な作品である。

もう、鼻血ものである。

 

世間に横尾忠則の名を広めたのは「腰巻お仙」という劇?のポスターである。

この作品のナンセンス度合いはもう、富士山だ。

「西高祭」のようなお洒落感はどこにもなく、

悪趣味な方向に突っ走っている。

ヘルメットをかぶった裸の女が空を飛び、

唇がピンクに着色された女か男かわからない人物のモノクロ写真がドーン。

左下には笑うセールスマンの唇のようなとこから舌が飛び出し、

 

「18歳未満お断り」

 

 

の文字…。

笑うしかない…。

 

著名人との繋がり

 

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横尾忠則が世に羽ばたいたのは1960年代。

ご存知のように、この時代は安保闘争の幕開けの時。

若者たちは社会矛盾への異議申し立てを行っていた。

それがエネルギーとなっていた。

横尾忠則も例外ではなく、多くのアンダーグラウンドのアーティストたちと活動を共にする。

 

超左翼三島由紀夫

アングラ演劇の寺山修司

ヤクザ映画の高倉健

安保闘争を描いた「日本の夜と霧」で有名な大島渚…。

 

一癖も二癖もある人間と交流を深めていくにつれ、

横尾忠則の作品はどんどんナンセンス性を増していく。

 

挙句の果てにはジョンレノン・小野ヨーコとも交流。

 

いやはや、横尾忠則がいかにすごい人であったのかがわかる。

 

 

 

休養宣言

 

横尾忠則の全ポスター

横尾忠則の全ポスター

 

 

1970年、横尾忠則はタクシーに乗っていて事故に逢ってしまい、

入院を余儀なくされ「休業宣言」をする。

この頃から横尾忠則は写真に凝り始めたようで、

入院の見舞いに来る客の写真を撮りまくっていたようだ。

 

1970年といえば大阪万博の成功や三島由紀夫の割腹自殺があった年。

そんな激変の時代に休養するとは、なかなか肝が据わっている。

しかし、1970年の多くの出来事は、

横尾忠則に大きな衝撃を与えたみたいで、

翌年にはポスターを何点か制作しているようだ。

 

まぁ、そうだよね。

黙って寝てられないよね。

 

画家宣言

 

Tadanori Yokoo selected posters 116―横尾忠則自選ポスター集

Tadanori Yokoo selected posters 116―横尾忠則自選ポスター集

 

 

時は1980年代。

ニューヨークでピカソ展を見た横尾忠則は、

画家になると宣言した。

ピカソ展をみた二時間ほどの間で画家になることを決心したようだ。

なんだかコロコロと考え方が変わる男のようにも思えるが、

よく言えば、なんでも吸収するポテンシャルを持っている人なのだろう。

因みに、1980年代後半には、マッキントッシュを使用し始めている。

 

「画家宣言をしたのに?」

 

なんて思われそうだが、横尾忠則は「デザインとは一言で何だと思いますか?」という問いに対して、

 

「そこでは人間を無視できないものだ」

「それを見る大衆の欲望を引き出してしまうものでもある」

「だから結局、デザインもアートも区別はないのだ」

 

と話したそうだ。

なんだか、何とでも言えそうな気もしないでもないが、

横尾忠則にとって表現の場所があれば、

そこはもうアートになってしまうのだろう。

 

 

小ネタ

横尾忠則の作品で、私がたまげた作品は多い。

その作品をいくつか紹介する。

 

「おりものまつり」

多分女性のあれの事だろう…。笑を通り越して、引いた…。

 

「人力飛行ソロモン」

明らかにミッキーマウスがいる…。いいのか…?

 

「HAIZUKA PRINTING」

顔が…。顔が…。はいずか印刷のポスターはものすごいのが多い。

 

「miwa」

この作品はいい意味で。横尾忠則って絵滅茶苦茶うまいじゃん!(←あたりまえ)

 

 

 

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