Masasakiblog

アートを愛し、アートに生きよう。。。

No,12 谷川俊太郎はとても良い人だった。

本日はかの有名な

「谷川俊太郎」

 

についてである。

タイトルを読んで、

「谷川俊太郎に会ったことがあるみたいな言い方するなよ」

なんてツッコミを入れた人もいるかも知れない。

が、実は私、谷川俊太郎先生にお会いしたことがある。

しかも、その時のツーショット写真が私の携帯にしっかりと保存されている。

どうだ!

羨ましいだろう!

あの谷川俊太郎だぞ!

二十億光年の孤独だぞ!

 

二十億光年の孤独 (集英社文庫)

二十億光年の孤独 (集英社文庫)

 

 

と、色んな人に自慢したいのだが、私の周りに谷川俊太郎を知っている人はとても少ない。

国民的詩人であることは確かなのに、

今の若い人たちにとって谷川俊太郎は取るに足らない存在なのか…?。

だが、それでも私は一向に構わない。

アートなんてそんなものである。

知っている人からは神と崇められる存在も、

興味のない人にとっては、なんの意味もなさない。

これが現実である。

 

さて、私が谷川俊太郎先生にお会いしたのは、

中原中也の記念館であった。

 

No,10 哀しみの詩人「中原中也」

で、私の中也愛については寄稿した。

そんな私の大好きな中原中也の記念館で、

谷川俊太郎のイベントがあるという情報が入ってきた。

 

私の大好きな谷川俊太郎先生が、

私の大好きな中原中也記念館にやってくると言うのだから、

行かないわけにはいかない。

私は妻に無理を言って、家族みんなでそのイベントに参加しに行った。

 

ちなみに、中原中也記念館までは我が家からは、

様々な交通機関を使い、数時間かかる。

それでも妻は許してくれた・・・。

家族はいい迷惑というものだ。

 

そのイベントは、中原中也の生誕記念イベントであり、

自作の詩を人前で朗読する事が出来るという、

マニアックで、コアなイベントであった。

私は多少ポエムも嗜んでいたので、

自作の恥ずかしいポエムを披露しようと、

鼻息が荒かった。

 

山口県湯田温泉にある中原中也記念館は、

普段、人がいるのかいないの分からないくらい閑散としているのであるが、

このイベントの日だけは、かなりのお客さんが来館していた。

谷川俊太郎効果のためか、私の予想をはるかに上回る来館客で、

あの日の記念館は明らかにキャパシティオーバーであった。

そんな中、中庭にて、朗読会が始まったのである。

 

たしか、詩の朗読は1人3分まで。

何組参加したか定かではないが、

少なくとも、100組は参加していたと思う。

私は、最後の方に自分の詩を朗読するというのに、

何の準備もせず、

朗読者の詩なんぞそっちのけで谷川俊太郎先生を探し始めた。

絶対に舞台袖の関係者席に居ると思ったのだが、

どこを探せど谷川俊太郎先生と思われる人物はいないかった。

 

私は諦め、とりあえず、トイレへ用を足しに行くことにした。

さすが、大きなイベントなだけあり、

トイレもそこそこ(と言っても、数人だが…)人で溢れていた。

「ちぇ、並ぶのかぁ。」

なんて、私はトイレの列に並ぶことにした。

 

そこで、事件は起こったのである。

 

なんと、その最後尾にあの谷川俊太郎先生がいたのである。

私はあまりの驚愕で膝がガクガクしてしまい、

その振動でお小水を漏らしてしまうかと思った。

「ひょっとして間違いかもしれない…」

私は何度も何度も目の前の老人の顔を確認した。

しかし、何度見てもその顔は谷川俊太郎先生なのである。

 

かの有名な詩人が、一般人と同じトイレに並ぶなんて…。

私は声をかけようか、かけまいか迷っていた。

「ここはトイレ、トイレで声をかけようなんて、常識ある人間のやることだろうか?でも、今は隙だらけ…、チャンスといえばチャンスである。」

散々迷った挙句、私は自分のお小水を我慢し、

谷川俊太郎が用を済ますまで、トイレの外で待つことにしたのである。

 

待つこと数分…。

谷川俊太郎がトイレから出てきた。

相変わらず、周りの人間はその爺さんが谷川俊太郎と気が付いていないみたいだ。

私は、すかさず、声をかけた。

「あの、谷川俊太郎先生ですよね。」

と、谷川俊太郎先生。

「そうですよ。」

やはり!

私が谷川俊太郎先生だと思っていた人物は本物であった。

私はリュックから谷川俊太郎の詩集とボールペンを取り出し、言った。

「あの、サインください。」

すると、谷川俊太郎は、右の手の平を前に出し、NGサインを私に向けた。

私は「ダメか…。」と思ったが、

谷川俊太郎先生はこう言ったのである。

「私は、ペンを使わないのです。詩集だけをお貸しください。」

そして、谷川俊太郎先生は、ポケットから筆ペンを取り出し、

詩集の裏表紙にさらさらとサインを書いてくれた。

更に写真まで一緒に撮ってくれた。

「では。」

背を向けた谷川俊太郎はとても巨大な人間に見えた…。

 

自選 谷川俊太郎詩集 (岩波文庫)

自選 谷川俊太郎詩集 (岩波文庫)

 

 この本にサインをいただいた。

 

 

 

基本情報

「谷川俊太郎」

本名
  • 谷川俊太郎

生誕

  • 1931年12月15日

出身地

  • 東京府豊多摩郡杉並町(現・東京都杉並区)

最終学歴

  • 東京都立豊多摩高等学校
代表作
  • 「二十億光年の孤独」 1952年
  • 「月火水木金土日のうた」 1962年  …etc.

 作風

まさに散文詩の神と言っていい。

単語を組み合わせ、言葉で遊ぶその能力は「谷川俊太郎」の特殊能力だろう。

その作風は、子供向けの作品から、実験的な作品まで幅が広く、

まさに子供から大人まで、揺り籠から墓場まで楽しむことができるのが特徴である。

ここからは、私の個人的な意見になるのだが、

「谷川俊太郎」の作品は、とてもシンプルなものが多い。

実験的な理解に苦しむ作品でも、単語一つ一つをとってみると、

「とても単純なことを言ってるんじゃない?」

何て気になる。

すでに90近いおじいさんだが、

残した詩の多くは、少年が書いたような詩なのである。

 

幾つになっても心は少年…。

それは、アーティストにとってとても大切なことで、

谷川俊太郎おそらく死ぬまで少年なのだろう。

 

谷川俊太郎の評価

詩で生活できている人は、日本国内で「谷川俊太郎」だけと言われている。

過去には「相田みつを」もその1人だったそうだが、

もう亡くなられているので、現在は「谷川俊太郎」だけだろう。

ただし、谷川俊太郎は詩以外にも、翻訳・映画脚本・作詞なども手がけている。

詩のみとは言い切れないかもしれないが、

それでもやはり、文章の世界だけで勝負している人間なのだから、

その才能はずば抜けている。

小ネタ

三度の婚姻歴があり、息子の谷川賢作はピアニストである。

上記記載のイベントには、息子のピアノをバックに、

詩を朗読していたが、息子のピアノはとても上手で、その上コミカルで大変良かった。

後で調べたが、有名なジャズピアニスト「佐藤允彦」からピアノのいろはを学んだようだ。

また、翻訳では、教科書で有名なレオ・レオニ「スイミー」

 

スイミー―ちいさなかしこいさかなのはなし

スイミー―ちいさなかしこいさかなのはなし

 

 

スヌーピーで有名な「ピーナッツ」シリーズも翻訳している。

 

ピーナッツと谷川俊太郎の世界 SNOOPY&FRIENDS

ピーナッツと谷川俊太郎の世界 SNOOPY&FRIENDS

 

 

きっと日本人なら、一度は「谷川俊太郎」の文章に触れたことがあるはずである。 

最後に

 私は、「谷川俊太郎」の作品を二冊しか持っていない。

それで、「谷川俊太郎」を語ろうというのだから、

大それたことをしたものだと思っている。

ただ、詩という分野は中々読む機会がない。

このブログをきっかけに、詩の世界の面白さを理解いただければ本当にうれしく思う。

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その時いただいたサインがこちら

今後も詩については、私の偏見で寄稿していこうと思うが、それはまた別の話…。

 

 

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