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No,31 かこさとしっていいよね。絵本の見本だよね。

かこさとしっていいよね。絵本の見本だよね。

 

以前、絵本作家の重鎮「五味太郎」について寄稿した(詳しくはNo,8 絵本作家の巨匠「五味太郎」参照)が、日本にはもう一人忘れてはいけない絵本作家がいる(まぁ、一人じゃなくいっぱいいるが…)。

それが

 

かこ さとし

 

である。

惜しくも2018年にこの世を去り、

2019年現在、既に一年が過ぎてしまったが、

かこさとしが残した作品の多くは、色褪せることなく、書店に並んでいる。

 

1950年代後半から活動しているようなので、

今を生きる日本人の多くは、かこさとしの作品を見て育っているに違いない。

最早かこさとし作品は、日本人の心に染み付いていることだろう。

 

30代前半の私も例外でなく、幼少期、当然にかこさとしの作品に触れて育った一人である。

 

古い記憶を辿ってみると、私が初めに触れたかこさとし作品は「どろぼうがっこう」であった。

幼少期に読んだ作品なので、記憶が曖昧だが、

学校の先生が石川五右衛門のような男で、

いつ何時でも見得を切っていた。

そして、生徒たちはみんなどろぼう。

「はーい」

「へーい」

「ほーい」

と、気の抜けた返事をする不真面目な連中であったことを覚えている。

よく兄弟みんなで真似て遊んでいたものだ。

私は兄弟が多かったため(年の近い男ばかり四人であった)、順番に返事をすると、「どろぼうがっこう」さながらの返事を作り上げることができた。

それがやたらに楽しかった。

どろぼう がっこう (かこさとし おはなしのほん( 4))

どろぼう がっこう (かこさとし おはなしのほん( 4))

 

  

幼い頃の記憶は美化されるものである。

そんなこともあり、図書館や本屋で「どろぼうがっこう」の表紙を見ると、

やたらに切ない気持ちになる。

兄弟四人で野原を駆け回った記憶や、

今よりも若かった両親と一緒に、田舎の祖父母の家に帰省した記憶が蘇るのである。

 

そんな時私は、時間の流れの残酷さを疎ましく思うと同時に、

両親がしてくれたように、我が子たちにも、

素敵な思い出を作ってあげようという気になるのである。

 

あぁ、涙が出てきた。

 

では、かこさとしの紹介文を下記に記そう。

 

 

基本情報

「かこ さとし」

 

本名

  • 中島 哲

生誕

  • 1926年3月31日

死没

  • 2018年5月2日(92歳)

出身地

  • 東京都板橋区

最終学歴

  • 東京大学工学部

デビュー作

  • 「だむのおじさんたち」 1959年

代表作

  • 「だるまちゃん」シリーズ
  • 「からすのパンやさん」シリーズ  …etc.

 

作風

以前紹介した「五味太郎」と決定的に違う点は、

徹底してストーリー絵本を作っているところではないかと私は思っている。

五味太郎の作品には、ストーリーよりも、言葉遊びや図形遊びと言った要素を含む作品がいくつか存在するが、

かこさとしの作品群にはそんな作品が見当たらない。

(私が知らないだけかもしれないが、少なくとも見たことがない。)

どの作品を見ても、分かりやすく、優しさに包まれたストーリー作品が多いのだ。

いかにかこさとしが、子供のことを考え、絵本を作っていたかが垣間見える。

 

さらに、かこさとしの描くキャラクタの表情は実に感情豊かである。

幼児心理学によれば、子供はイラストを見る時に、真っ先にキャラクタの顔を見る。

その次にキャラクタの手をみるのだそうな。

かこさとしはこの学説を忠実に守っている。

だるまちゃんシリーズを使ったのも頷ける。

やはり、子供が大好きなのだろう。

 

こんな話を聞けば、

 

「本当に子どもたちが好きなんだなぁ。」

 

「優しいよなぁ。」

 

なんて思ってしまう。

また、かこさとしは、過去にインタビューでこう言っていた。

 

「大人は子供にとって絶対的な権威、脅威なんです。だから、子供と接する時はおかしな大人だって思われることが大切なんです。」

 

その通りだと私も思う。

 

実際、我が家では私が裸で踊りだすと、子供も楽しんで笑ってくれる。

絵本を読むときも、大袈裟に身振り手振りを加えて読むと、子供はとてもいい反応をする。

 

かこさとしは、そんな子供の気持ちを知った上で作品を作っていたのだ。 

かこさとしの世界: だるまちゃんもからすのパン屋さんも大集合!

かこさとしの世界: だるまちゃんもからすのパン屋さんも大集合!

 

  

かこさとしと戦争

やはり、戦前戦後を生き抜いたアーティストにおいて戦争は重要な意味を持っている。

かこさとしにおいても、戦争は大きな影響を与えたようだ。

 

かこさとしは家が貧乏であったがゆえに、学校に行くことが難しかった。

よって、軍人の士官学校に入学し、勉強しながら小遣いまでもらっていたそうだ。

悪く言えば、かこさとしは戦争を利用していたとも捉えることができる。

 

これについては、かこさとし本人の口からも言及されており、

 

「私が絵本を書くのは罪滅ぼしなんです。」

 

「自分を含め、大人たちに期待することはできないから、子どもたちに物事を正しく判断できる、しっかりとした知識を身に着けてほしいと思うようになりました。その思いが今まで絵本を作る原動力となっているのです。」

 

と言っている。

戦争で死んでいった同志達に対しての弔意が作品には込められていると言うことである。

 

また、かこさとしは、生前に安倍政権を「大本営の参謀の戦後版」と痛烈に否定している。

 

「多数決は民主主義じゃない」

 

とまで言っていたそうだ。

政治的な話はこのブログでは書かないが(ブログの主旨が変わってしまうので…)、

戦争によって不幸になる、未来の子供達を心配していたのかもしれない…。

優しい人なのだ、かこさとしは…。 

かこさとし からだの本 全10巻

かこさとし からだの本 全10巻

 

  

かこさとしのデビュー秘話

かこさとしがデビューしたのは、運命のイタズラによるものである。

これについては、かこさとし本人も

 

「神様のご配慮でデビューできた」

 

と語っている。

 

かこさとしは、大学を卒業後、仕事をしながらセツルメントにて子供に紙芝居や読み聞かせをしていた。

みんな子供達を喜ばせたいと言う純粋な思いで、ボランティア活動に邁進していたのである。

そこには、時折学生のお手伝いさんも出入りしていたようだ。

 

ある時期、一人の女性がこのセツルメントに出入りしていた。

この女性は、浪人生であったこともあり、3ヵ月もした後、

突如セツルメントに来なくなったそうな。

もう戻ってくることはないだろうと思われた矢先、

その女性から1通の手紙が届いた。

そこにはこう書かれていた。

 

「あなたの絵本を出版したいから、ぜひ一度私の働く職場にお越しください。」

 

と…。

なんと、彼女は福音館書店でアルバイトをしていたのである。

さらに驚くことに、彼女は内田巌の娘であった…。

 

なんだよこのドラマ…。

 

なんて思われそうだが、なんと事実みたいだ。

過去に私は「一つの才能には多くの才能が集まる」と寄稿したが、

(詳しくはNo,24 ピエール・カルダンデザインの食器や服飾品は、おじさんデザインではないというのが私の持論である参照)

正にこのストーリーはその象徴である。 

 

小ネタ

かこさとしは頭の中にストックした物語がたくさんあったようである。

亡くなった今、その作品が世に出ることは当然ないのだが、

生前、出版されていないだけで保存された作品もあるのだとか…。

ひょっとしたら、今後もかこさとしの新作に出会えるかもしれない…。 

からすのパンやさん (かこさとしおはなしのほん (7))

からすのパンやさん (かこさとしおはなしのほん (7))

 

  

最後に

かこさとしの作品も、五味太郎と同じように、どこに行っても置いてある。

私はやはり、「どろぼうがっこう」が一番のお気に入りだが、

他にもいい作品は多いので、是非是非書店にて手に取ってもらいたいものだ。

因みに、かこさとしは絵本以外にも、油絵や水彩画を多数残している。

どれも滅茶苦茶上手であるが、それはまた別の話…。

 

 

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