Masasakiblog

アートを愛し、アートに生きよう。。。

No,69 サム・フランシスほど、コスモポリタンな思想でアートを楽しんだ人物を私は知らない。

サム・フランシスほど、コスモポリタンな思想でアートを楽しんだ人物を私は知らない。

 

サム・フランシス

f:id:Masanosuke_Sasaki:20190718010617p:plain

サム・フランシス

 

の作品は見ていてとても楽しい。

心がウキウキする。

 

それは、あのポップな色彩の影響かもしれないし、

とても情熱的に絵を描いていたからなのかもしれない。

 

まぁ、なんにせよ、サム・フランシスの作品はお洒落で、格好よく、ファッショナブルである。

アメリカらしいと言えるサム・フランシス。

この魅力に取りつかれたら、一日一度は彼の作品を見なくては気が済まない。

 

私は、そんなサム・フランシス作品に取り付かれたうちの一人である。

私にとって、サム・フランシス作品を見るということは、

朝起きてトイレに行くに等しい。

つまり、それほどに日常的になっているということである。

 

 

 

基本情報

「サム・フランシス」

本名

  • サム・フランシス

生年月日

  • 1923年6月25日

死没

  • 1994年11月4日(71歳)
国籍
  • アメリカ合衆国
代表作品
  • カリフォルニア・クレイ・コースト(1947年)
  • 大きな赤(1951年)
  • サーキュラー・ブルー(1953年)
  • メキシコ(1957年)
  • 束縛と開放(1984年) …etc.

 

作風   

サム・フランシス (現代美術 第7巻)

このブログを書きながら、サム・フランシスの作風の良い形容方法を思いついた。

 

ダメージジーンズなどでよくペンキが飛び散った模様を見たことがあると思う。

サム・フランシスの作品は、そんな感じだ。

ただし、その色彩感覚はとてつもなく鋭い。

1960年制作の「ブルー」、

1964年に描かれた「仙崖の眼」、

1974年に制作された「ワン・オーシャン、ワン・カップ」、

 

どれも微妙に描き方が異なるが、

その色彩感覚は「さすが」の一言である。

 

前日に紹介したマーク・ロスコ(詳しくはNo,69 色について知りたければ、マーク・ロスコの作品を見てみよう。参照)とは対照的に、

余白をうまく使う(正確には白いペイントしたりしてるけどね)ところなんかも、

上級者過ぎて何も言えない。

そう、この人の作品を目にしたときは、

その衝撃のあまり何も言えないのである。

 

時に、ベタ塗、

時に、点描、

時に、にじみ…。

 

この手の作品を言葉で表現するのはかなり難しい…。

ただ、これだけは言っておこう。

 

一度知ると病みつきになるよ。

 

 

サム・フランシスがアーティストになるまで    

ポスター サム フランシス Studio Marconi 額装品 ウッドベーシックフレーム(ブルー)

父は数学の教授、母はピアニストでフランス語の教授。

恵まれた環境に生まれたサム・フランシスは正にブルジョワ。

とても幸福な子供時代を過ごした。

 

「とても幸福な子供時代でした。本当に恵まれていました。父も母も素晴らしい人物でした。」

 

本人もこう言っている。

 

そんな恵まれた環境にあったにもかかわらず、

自然と文学を愛したサム・フランシスはよもや画家になろう何ぞ思っていなかったようだ。

大学はカリフォルニア大学に進学し、植物学・心理学・医学を専攻した。

医学って…。

天才かよ…。

 

しかし、第二次世界大戦バ勃発。

学業半ばでアメリカ陸軍航空隊のパイロットとなり、事故で負傷。

脊髄結核を患い、病院送り…。

だが、この出来事はサム・フランシスの人生を変えることとなる。

だって、

 

「病院にいたとき、にわかに思い立ったのです。画家になろうと…。」

 

なぜ?このタイミングで?

と言いたいところだが、

ベットの上で絵を描き始めたサム・フランシスは、

退役後、抽象画の世界にのめりこむのであった。

 

 

サム・フランシスと夢

 

 

長年ユングの心理学に真剣に打ち込んだサム・フランシスは、

独自の哲学を持っていたようだ。

特に夢はサム・フランシスにとって重要なファクタであった。

 

「自分自身をトレーニングするということは、自分自身と出来るだけ多くの関係を持つこと、言ってみれば、自分の知らない自分自身の無意識と出来る限りかかわりあう。…中略…トレーニングとは、夢を思い出し、夢と付き合うという行為の中にある。それは、幻想を思い出し、幻想と付き合うことなんだ。」

 

だってさ、難しいことを言っているようだが、

 

確かに、サム・フランシスの描く絵は、夢の中のようである。

そういえば、以前紹介したつげ義春(No,57 つげ義春はシュールで最高だ)も田名網恵一(No,25 「田名網敬一」の作品を見て悪趣味だというやつは悪趣味である)も夢日記をつけていた。

 

アーティストになりたい人は、見習ってみてもいいかもしれない。

でも、夢日記をつけると精神に異常をきたすそうなので、

やる人は自己責任でお願いします。

 

 

コスモポリタンなサム・フランシス

 

 

サム・フランシスは他国の文化を受け入れ、関わりを持とうとしていた。

 

「アーティストにとって、スタジオがある国や、都市と作品は、密接な関係があります。特に文化が異なる場合、できるだけ早くその文化の中で、あらゆるものとかかわりを持たねばなりません。無意識のうちに、つまり意識することなく、アーティストはこれを行っているのです。」

 

サム・フランシスは特に日本からは大きな影響を受けていたようだ。

余白を生かした構成などは、日本画に強く影響をうけたことに由来するらしい。

 

「日本は、私の人生でもっとも大切なもののいくつかを見つけたところです。日本に磁石のように引き付けられますし、日本は自分自身を再発見するところでもあります。」

 

こんなことを言っていただけるとは、うれしいではないか。

 

  

小ネタ

スニーカーを履いて制作に打ち込んでいたサム・フランシス。

当然に、スニーカーは絵具で汚れまくった。

しかし、偶然にも、そのスニーカーは飛び散った絵具が美しい模様を描いた。

これらのスニーカーはエイズ募金のオークションに出していたそうだ。

私も写真で見たことがあるが、お洒落で私が欲しいくらいであった。

 

 

ブログランキング参加中!!
クリックお願いいたします。↓↓
ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村