Masasakiblog

アートを愛し、アートに生きよう。。。

No,52 一味違うシュルレアリスム、マグリットは永遠に私のアイドルである。

一味違うシュルレアリスム、マグリットは永遠に私のアイドルである。

 

またシュルレアリスムかい!

 

なんて言わないでほしい。

好きなのだからしょうがないのだ。

 

さて、

ルネ・マグリット

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ルネ・マグリット

をご存知の方は多いはずだ。

特に、1960年代に青春を過ごした人たちであれば、

 

「あぁ、あの意味不明の人ね。」

 

なんていうだろう。

だって、あのBeatlesにも影響を与えたのだから、

その存在感は、唯一無二だ。

 

私はマグリットの哀しみ漂う作品が大好物である。

 

自然をモチーフにしても、

裸体をモチーフにしても、

動物をモチーフにしても、

 

その作品は悲壮感が漂っているからだ。

 

それにこの人は、作品は意味不明なのに、

割と普通の人だったというのだから驚きだ。

 

私の中で、マグリットは、

「普通の生活を送りながら、常軌を逸した作品は作れるもの。」

だという証明ではないかと思っている。

では、マグリットの魅力に迫ろうではないか。

 

 

 

基本情報

「ルネ・マグリット」

本名

  • ルネ・フランソワ・ギスラン・マグリット

生誕

  • 1898年11月21日

死没

  • 1967年8月15日(68歳没)
国籍
  • ベルギー
代表作品
  • 天才の顔(1926年)
  • 新聞を読む男(1928年)
  • パンドラの箱(1951年)
  • 人の子(1964年)  …etc.

 

作風

 

もっと知りたいマグリット 生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)

もっと知りたいマグリット 生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)

 

 

マグリットの作品は、比較的わかりやすい。

わかりやすいというのは、マグリットが何を伝えたいのかが明確だというのではなく、

見ていると、容易に想像の世界に入れるということである。

 

マグリットの作品は、イブ・タンギー(詳しくはNo,38 シュルレアリスム初心者の方はイヴ・タンギーを見たらいい。彼は、薬と酒の力で相当変な作品を残している。参照 )

 

 に比べ、日常に表現の舞台を設定している(そうじゃないのも、一定数存在するが…)。

いや、こう言い直そう。

イブ・タンギーのように、あからさまな異世界を描いていないのだ。

 

シュルレアリスムなのだから、マグリットの描く作品は、

イメージ図がほとんどであるが、街並みや、日用品、実在する動物を描く。

よって、見ているこっちは、なんだかわかったような気になれるのである。

そういった意味からいえば、シュルレアリスムにあまり触れてこない人が見るにはちょうどいいかもしれない。

 

イブ・タンギーと比べるのもどうかとは思うが、

イブ・タンギーの作品は非現実世界を不気味に描いているのに対し、

マグリットは現実っぽい世界を不気味に描いている。

私個人的な意見だが、マグリットの醍醐味はここにあるのではないかと思う。

 

一部、明らかにグロテスクな作品もあるのだが、(「喜び(鳥を食う娘)」(1927年)や「殺意の空」(1927年)など)ほとんどの作品がグロテスクな表現を抑えている。

しかし、なぜかマグリットの描く世界は悲壮感漂い、根暗なイメージが付きまとってしまう。

日常的なものを描いているのに、何故だろうか…?

 

一言でいえば、

 

「個性だ」

 

で片付くのだろうが、この魅力は一言では語れない。

うーむ、文章というのは難しいものだ。

 

マグリット自身は、描く絵を

 

「目に見える思考」

 

と言っている。

この考えを持つからこそ、他のシュルレアリスム作家とは一線を画すのだろう。

あとは見る者の感性だ。

このブログを読んでいるあなたは、どう感じるだろうか?

 

私の言っている悲壮感だの、根暗といって感想について、

 

間違ってない?

 

という意見があれば、是非コメントいただきたい。

こう論破しよう。

 

「感じ方は人それぞれだよ。」

 

  

ルネ・マグリットが絵描きになるまで

 

ルネ・マグリット―1898-1967 (コンパクトミディ・シリーズ)

ルネ・マグリット―1898-1967 (コンパクトミディ・シリーズ)

 

 

ルネ・マグリットは快活な父親と鬱病の母親の間に生まれた。

父親は商才に長けており、比較的裕福な少年時代を過ごしている。

しかし、母親の鬱病は日を重ねる毎に悪化していき、

1912年に行方不明の末自殺。

マグリットは母親の死について、こう語っている。

 

「母、レジーナはもう生きたいとは望んでいなかった。」

 

マグリットにとって、母親の死は予期できる出来事だったのだろう。

そんな母親の影響からか、マグリットは自身の芸術的見分をこうコメントしている。

 

「私が思うに、芸術は心理分析に左右されることはない。」

 

明らかに心理分析に対する反感である。

マグリットの作品制作の根底に母親の死が影響しているのは間違いないだろう。

 

マグリットが絵に対する関心を得たのは、

母親の死から第一次世界大戦までの間だといわれている。

第一次世界大戦下のベルギーは侵略者に対してストライキと勇敢な抵抗を試みたそうだが、

ベルギーは国際社会での権利を侵略されてしまった。

そして、マグリットは家族と共に亡命する。

当時、マグリットは16歳。

 

さらに翌年17歳の時、生活のための絵を描くために、

グラフィックアートを学び始めるのである。

絵描き、ルネ・マグリットの誕生であった。

   

 

マグリットの思想

 

ポスター ルネ マグリット 人の子 1964年

ポスター ルネ マグリット 人の子 1964年

 

 

1910年代のマグリットは、生活のために絵をかいていた。

いわゆるグラフィックデザイナーである。

ポスターやカタログ、チラシの絵をかいてはそれを金に換えていた。

しかし、1925年にマグリットの考えは変化する。

 

「1925年に、ブリュッセルのブラッスリーで、もうそれ以上続けられないほどあるものをじっと見た後、すぐに私は受け身の態度とは手を切る決意をした。扉の刳形が私には神秘的な存在を授かったもののように見て、長いことその現実感に触れていた。恐れにも似た感情が、現実に働きかけようという意思の出発点となった。」

 

と言っている(キリコの作品を見たようだ)から、考えの変化は、本人もはっきり認識していたようだ。

このころから、マグリットは

 

「神秘は可逆的である。狂気を警戒せよ」

 

という考えのもと、意味不明の作品を量産した。

 

とにかく、まぁ、一般ピープルには理解できないのだ、芸術家は…。

 

 

夢を描く

 

 

やはり、この人も、田名網敬一(詳しくはNo,25 「田名網敬一」の作品を見て悪趣味だというやつは悪趣味である参照)やサルバドール・ダリと同じように夢の世界を描いている。

闘牛士たちの墓(1960年)なんかがそうらしいが、

やっぱり、ここでも比較的わかりやすい作品を描いている。

とはいえ…だが。

 

死没

普通に生きて、普通に死んだ。

マグリットはそんな人だ。

私生活も平凡そのものだったようで、普段は銀行員として働いていたようだ。

 

  

小ネタ

 

マグリット (現代美術の巨匠)

マグリット (現代美術の巨匠)

 

 

マグリットの作品には青リンゴが多く登場する。

その青リンゴに影響を受けたBeatlesのポールマッカートニーは、

レコード会社アップルレコードのエンブレムにしたという話は結構有名。

冒頭にBeatlesに触れたのはこんな理由からである。

 

それから、ベルギーの通貨がユーロになる前、

ベルギーの通貨であるベルギーフランの500フランにはマグリットが印刷されていた。

 

 

 

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