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No,59 前衛的なパブリックアート作家といえば…ニキ・ド・サンファルだよね

前衛的なパブリックアート作家といえば…ニキ・ド・サンファルだよね

 

最近、絵画制作のアーティストを多く紹介しすぎたので、

たまには違うタイプのアーティストを紹介したくなりました。

 

ということで、本日の主人公は、

「ナナ」というパブリックアートで一躍世界に名を馳せた

 

ニキ・ド・サンファル

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ニキ・ド・サンファル

 

である。

ニキ・ド・サンファルは日本でも結構有名なので知っている人も多いだろう。

名前こそ知らない人でも、作品を見れば、

 

「どっかで見たことあるような…。」

 

なんていうかもしれない。

女性の感性で、他を寄せ付けない個性を表現するニキ・ド・サンファルは、

正に、

 

オブジェ界の女神

 

実際、モデルもしていた結構綺麗な人なので、

昔の写真は、目の保養にもなる。

 

では、今日も頑張ってブログを執筆しよう。

 

 

基本情報

「ニキ・ド・サンファル」

本名

  • トリーヌ・マリ・アニエス・ファル・ド・サンファル

生誕

  • 1930年10月29日

死没

  • 2002年5月21日(71歳没)
国籍
  • フランス
代表作品
  • 「射撃絵画」シリーズ
  • 「ナナ」シリーズ
  • 「ホーン」 (1966年)
  • 「ストラヴィンスキーの噴水」 (1982年)  …etc.

 

作風

 

ニキ・ド・サンファル

ニキ・ド・サンファル

 

 

ニキ・ド・サンファルといえば、不自然なバランスで完成されたカラフルな女性「ナナ」を思い浮かべる人が多い。

確かに、ある意味でニキ・ド・サンファルのすべてが「ナナ」に凝縮されているといえるが、

実は結構暴力的な表現を用いる作家であった。

初期の代表作である「射撃絵画」シリーズなんかは、その象徴的な作品で、

壁に作られた弾痕から血が滴る不気味な作品である。

他にも、「死んだ猫の祭壇」(1962年)や「赤い魔女」(1962年-1963年)、「磔刑」(1963年-1964年)などはグロテスクで陰鬱な作品が多い。

1960年代後半になり、ポップで明るい「ナナ」シリーズが多く作られているが、

初期作品を見た後に「ナナ」シリーズを拝見すると、

「ナナ」シリーズもある意味、色の暴力ではないかとすら思えてしまう。

 

内に秘めたエネルギーを体外に放出したニキ・ド・サンファルの作品をみれば、

ニキ・ド・サンファルという体内には、

常人には計り知れない芸術的パワーが秘められているのだという認識をせざる負えないのである。

かっこよく書いたが、つまり、ニキ・ド・サンファルは意外に気が強い女性だということだ。

  

ニキ・ド・サンファルが画家になるまで

 

ニキ・ド・サンファル Niki de Saint Phalle

ニキ・ド・サンファル Niki de Saint Phalle

 

 

ニキ・ド・サンファルは、

父は銀行員、母は主婦という裕福な家庭に生まれた。

つまり、ブルジョワであったのだ。

だが、世界恐慌が起こり、父は銀行員の職を失うと同時に財産までもを失ってしまう。

さらに、ニキ・ド・サンファルが母の胎内にいたとき、

父は浮気をしてしまったようで、

幼少期、ニキ・ド・サンファルは母親から

 

「何もかもあんたのせいだ。あんたが不幸を運んできた。」

 

といわれていたそうだ。

なんとまぁ、最低な母親だ…。

 

幼きニキ・ド・サンファルは居場所がなくなり、

いつもベットの下で、小箱を空想した。

その小箱には、綺麗な色のエナメルが象嵌された木彫りの函で、

中には色とりどりの魚や魔物や野花が詰め込まれていたらしい…。

 

ニキ・ド・サンファルが芸術に目覚めたのはこの頃だろうと推測される。

 

母や親から慎ましい女性になるよう教育されたニキ・ド・サンファルであったが、

大嫌いな母親への反発もあり、

いつしか男が持っている権力を欲しがる女へと成長していった…。

 

後にニキ・ド・サンファルが残した言葉は強烈である。

 

「ママ、あたしはあなたみたいになりたくなかったのよ…ありがとう、ママ、あなたがいなかったら、私の人生はもっと退屈なものになっていたわ。」

 

「とっても小さいうちに、男が力を持っていることを理解したの。」

 

「そう、男から火を盗むのよ。女だからって、ママがあたしに押し付けようとした制約を受け入れたりなんか…しない。」

 

もっと仲良くやろうよ。

家族なんだからさ…。

   

 

フェミニズム

 

 

男の力を手に入れようとしたニキ・ド・サンファルは、

しばしばフェミニズムの象徴とされる。

しかし、本人は決して意図的にフェミニズムを表現しようとしてなかったらしい。

ニキ・ド・サンファルは、男と競争して、勝つことにこだわっていただけで、

男性アーティストと比べられることに快感を得ていただけだそうな。

でも、それってフェミニズムじゃない?

なんて思ってしまうが、

まぁ、本人が意図していないというのだからそうなのだろう。

 

因みに、ニキ・ド・サンファルが「ナナ」シリーズを発表するまで、

フェミニズム活動なんていうものはなかった。

フランスで女性解放運動(MFL)が始まったのは、

「ナナ・パワー」展を開催した二年後のこと…。

 

ニキ・ド・サンファルの作品が未来を予想していたからなのか?

それとも、ニキ・ド・サンファルに触発されて女性解放運動が始まったのか?

 

わからないが、少なくとも影響は与えているだろう。

芸術は社会を変えるのである。

 

 

「ナナ」の発表

 

Niki de Saint Phalle: My Art-My Dreams

Niki de Saint Phalle: My Art-My Dreams

 

 

ニキ・ド・サンファルは「ナナ」製作以前から、女性をモチーフにした作品を多く残していた。

その多くは、グロテスクで陰鬱とした作品であった。

 

そして、1965年、ニキ・ド・サンファルはあの「ナナ」を完成させる。

初めての「ナナ」は、羊毛と布でできた「ナナ」であった。

その後数多くの「ナナ」をつくのだが、

その姿かたちはすべて女性。

 

時に柔らかく、

時に暖かく、

時に強いナナであるが、

 

一貫して共通している点がある。

それは、「ナナ」が持つ解放感である。

のびのびとした「ナナ」は正に女性解放の象徴なのだ。

 

因みに、「ナナ」は妊娠して体形の変わった友人をモデルにしているらしい。

 

ストラヴィンスキーの噴水

 

 

1982年、ニキ・ド・サンファルはジャン・ティンゲリーというアーティストからの依頼で、

フランス・パリにあるポンピドゥー・センターに隣接するストラヴィンスキー広場の噴水を作った。

「ナナ」の両乳首から水が飛び出す噴水や、

大きな唇から水が飛び出す噴水など、

ニキ・ド・サンファル節たっぷりの噴水である。

私は、お金がないので写真でしか見たことがないが、

今でも現地に行けば見ることができるのだそうな。

 

見たい…。

 

 

タロット・ガーデン

 

タロット・ガーデン

タロット・ガーデン

 

 

ニキ・ド・サンファルは1978年からタロットカードをモチーフとしたパブリックアート制作を始めている。

イタリア、トスカナ地方の丘陵地でバカでかいオブジェを作りまくり、

巨大タロットを作るというバカげたプロジェクトなのだが、

なんと、すべての建設資金を自費で賄ったそうだ。

 

ん~あほだ…。

 

1998年、タロットガーデンは無事開園し、公開。

果たして来場客はどれほどなのだろうか?

 

 

小ネタ

ニキ・ド・サンファルについてググってみたら、渡辺直美が「ナナ」の恰好をしていた…その完成度は驚くほど高くて笑ってしまった…。

 

 

 

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