Masasakiblog

アートを愛し、アートに生きよう。。。

No,61 ナチュラル系の家具や雑貨が好きな人はきっとマリソルを気に入ることだろう

ナチュラル系の家具や雑貨が好きな人はきっとマリソルを気に入ることだろう

 

本日は彫刻をメインに語ろうではないか。

主人公は、

 

マリソル

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Marisol Escobar

 

実は親日家である。

古都京都を愛し、日本を愛してくれた素晴らしい女性である。

 

そろそろナチュラル系家具のブームも去ろうとしている昨今だが、

ナチュラル系で統一した部屋にマリソルの作品がぽつんと置いてあれば、

その部屋は一層その魅力を増すことだろう。

当然、私の紹介するアーティストなのだから、その作品はそこそこ難解な作品が多いのだが…、

マリソルの作品には暖かさ、優しさにあふれており、

ナチュラル系の部屋にぴったりなのである。

 

私のブログで彫刻作家を紹介する事はあまりなかった。

過去に紹介したのは、

No,16 籔内佐斗司の造る作品を怖いと思うのは、私だけだろうか?

No,30 ハンス・ベルメールの人形を気持ち悪いなんて言わないでください

No,53 The 1960'sとの柄といえばフランク・ステラだよねだけだが、

マリソルは、その三人の誰にも似つかわしくない作品である。

 

お洒落なあなたはきっと気に入ってもらえると思うので、

このブログを楽しんでいただきたい。

 

 

基本情報

「マリソル」

本名

  • マリソル・エスコバール

生年月日

  • 1930年5月22日
生まれ
  • フランス パリ

死没

  • 2016年4月30日
代表作品
  • 「ギイ」 (1967-1977年)
  • 「ママと私」(1968年)
  • 「半魚人」(1973年)
  • 「父」 (1977年)
  • 「ピカソ」 (1977年)
  • 「最後の晩餐」 (1984年)
  • 「天皇裕仁と皇后良子」 (1989年)  …etc.

 

作風  

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ディナー・デイト(1964年)

お洒落だ。

少なくとも私の目にはそう映る。

マリソルの作品のメインは木の彫刻である。

そして、そのほとんどの作品には顔があり、

その顔にはほんの少し、感情が現れている。

この、”少し”というのがとても魅力的で、

見るものは、そこから何かを感じ取らなければならないのである。

 

作品のテーマは様々で、マリソルが感じたものを形にしているそうだ。

 

「私は作品の中で自分の言っていること、していることのほとんどを表現しました。色、社会主義、厚生、真実、感情、哀しみ、幸福、光、闇、友達、恐怖、歴史、男、女、犬、魚…。」

 

何か面白いものを発見したら、制作意欲が湧き出るタイプのアーティストだったのかもしれない…。

最も有名な作品は「最後の晩餐」(1984年)だとは思うが、

この作品も、素材のおかげか暖かな雰囲気がある。

マリソルはきっと優しい人だったのだ。

 

マリソルが画家になるまで    

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アンディ(1962年 - 1963年)

1930年、マリソルは裕福な家庭に生まれた。

しかし、両親は放浪癖があったため、ヨーロッパ中を旅して過ごしたそうだ。

マリソルが5歳になった時、マリソルの生活に大きな変化が現れる。

家族がアメリカに移住したのだ。

のち、1941年に似は母が亡くなり、マリソルは寄宿学校に入れられる。

この頃をマリソルはこう語る。

 

「子供の頃の私は恥ずかしがり屋で、孤独でした。何を話せばよいのか考えるのが苦手で、徐々に寡黙になり、ほとんど話しませんでした。独自の言葉を捜し求めていたのである。」

 

そして出会った言葉がアートであった。

マリソルは美術学校に入学し、絵の勉強を始める。

一度は1946年にロスの美術学校、

二度目は1949年にパリの美術学校。

しかし、後者は一年で退学し、

ニューヨークでハンス・ホフマンと出会ったことをきっかけに、

彫刻家への道を歩むことになるのである。

 

マリソルと抽象表現主義

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シドニー・ジャニスの肖像を売るシドニー・ジャニスの肖像(1967年 - 1968年)

マリソルがニューヨークに出た1950年代は抽象表現主義運動の全盛期であった。

そんなこともあり、マリソルは抽象画家たちと知り合うこととなる。

そして、スティーブル画廊で開かれたアニュアルズ展の第四回にマリソルの彫刻も参加した。

そこで、マリソルは賛辞を受けたため、

絵を描くことをやめ、彫刻作品を中心に発表することとなる。

 

さらに、マリソルはポップアートの芸術家とも仲が良かったらしく、

あアンディー・ウォーホルとよくパーティーに出席していたそうだ。

 

マリソルと日本

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最後の晩餐(1984年)

マリソルは幾度か来日を果たしている。

特に、京都を訪れたとき、木彫りの仏陀を見て、影響を受けたそうだ。

木彫りの仏陀はマリソルに大きな影響を与えたそうで、

評論家の中には、

 

「マリソルの間は東洋的な文化のようだ。」

 

という人もいるそうだ。

また、マリソルは「天皇裕仁と皇后良子」 (1989年)という作品を残している。

昭和天皇の顔がそっくりに描かれたその彫刻はすこし滑稽でもある、

 

 

小ネタ

実は、マリソルはアンディー・ウォーホルの映画に何度か出演していたらしい…。

私は見たことがない…。

 

 

 

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