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No,15 火の鳥は間違いなく最高傑作である

「火の鳥」は間違いなく最高傑作である。

 

火の鳥【全12巻セット】

火の鳥【全12巻セット】

 

 

これについては異論を認めない。

いや、異論を唱える人もそういないと思う。

火の鳥が駄作であれば、この世の中のあらゆる漫画が駄作といっても過言ではないだろう。

 

ここまで言うともう分かっていただけると思うが、

本日のテーマは、漫画の神様「手塚治虫」の「火の鳥」である。

当然、このブログに遊びに来た皆様は、「火の鳥」をご存知のことだろう。

内容を知らないにしても、タイトルくらいは聞いたことがあるはずだ。

なんといっても神様の描いた物語なのだ。

  

火の鳥17巻セット (手塚治虫漫画全集)

火の鳥17巻セット (手塚治虫漫画全集)

 

 

私が火の鳥を知ったのは、

なんと小学校の図書館であった。

今の小学校の図書館がどうか知らないが、

今から20年前の小学校の図書館に置いてある漫画なんて、

手塚治虫の「火の鳥」か、

もしくは中沢啓治の「はだしのゲン」くらいのものであった。

 

〔コミック版〕はだしのゲン 全10巻

〔コミック版〕はだしのゲン 全10巻

 

 

未だに「漫画は低俗である」という下らない定説を信じている教育関係者は一定数いることだろう。

いや、教育関係者でなくともいるに違いない。

にも関わらず、この2作だけは小学校の図書館に置いてあるのだ。

 

なぜ…?

 

「はだしのゲン」は理由が明白である。

単純に反戦プロパガンダだろう。

しかし、「火の鳥」についてはどうだろうか?

多くの人がこう言う。

「命の大切さを子供達に解くためだ」

と。

 

しかし、私はこの意見を真っ向から否定しようと思う。

ズバリ、「火の鳥」が置いてある理由は、

「”火の鳥”がアートだから」

 

火の鳥[文庫版] コミック 全14巻セット

火の鳥[文庫版] コミック 全14巻セット

 

 

である。

 

「火の鳥」はまさにアートなのである。

初めて「火の鳥」を読んだ時、

私はあの世界観に、小学生ながら圧倒された。

文字通り圧倒されたのである。

突然、目の前にブラックホールが出現したような、

突然、時間が逆行したような、

そんな気持ちになった。

また、少年の私はこうも考えた。

 

「ここに描いてあることはきっと本当のことなんだ。今、自分は幸せに生活しているが、世界のどこかで、ここに描いてあることが現実に起こっているに違いない。」

 

明らかにフィクションである物語であったが、

「現実世界の方がフィクションである」と定義しているようでもあった。

あの不思議な感覚…。

筆舌しがたい大作とはこのことだろう。

因みに私は、アート作品を鑑賞する時、

「火の鳥で感じた感覚」

と同じような感覚を得た作品を、

「名作」

と定義している。

では、火の鳥の詳細を明記しておこう。

 

基本情報

「火の鳥」

発表期間

  • 1954年~1980年

著者

  • 手塚治虫

連載雑誌

  • 漫画少年
  • 少女クラブ
  • COM
  • マンガ少年
  • 野生時代

メインキャラクタ

  • 火の鳥
  • 猿田
  • ロック ...etc.
(キャラクタが多すぎる…)

 

あらすじ

「火の鳥」の生き血を飲めば、永遠に生きながらえることができるという…。

多くの人間がその魅力に取りつかれ、「火の鳥」をめぐって、争い・苦しみ・悩む。

命とはどうあるべきか、欲望の最果てには何があるのか?

壮大なテーマを豊かな表現力で描く。

 

作品構成

この作品は何度も過去や未来を行き来するプロット構成が魅力の一つである。

各ストーリーは〇〇編と称して区切っており、

そ途中に登場するキャラクタは、役割を替え、何度も読み手の前に現れる。

その構成は、まるで輪廻転生である。

しかし、どんなに物語の舞台が変わったとしても、

作品の芯の部分である命の尊さ、人々の愚かさは変わらない。

この芯の太さが、作品の力強さを確固たるものにしているのである。

下記にて、各ストーリーを紹介する。

なお、「火の鳥」は違う連載誌に同じ"編"が発表されている(例:黎明編にはマンガ少年版とCOM版がある)。

ここでは、朝日ソノラマで書籍化されたもののみ紹介する。

なお、本ブログは少々長いが、ご了承願いたい。

 

火の鳥【全12巻セット】

火の鳥【全12巻セット】

 

 

黎明編

物語のスタートである。

時は3世紀。

熊襲(くまそ)に「火の鳥」が生息していることを知った邪馬台国の女王「卑弥呼」が、

永遠の命を手に入れるため、熊襲にスパイを送り込む。

ここから物語は悲惨かつ切ない展開を繰り広げるのだった…。

 

私は、熊襲と邪馬台国の存在を「火の鳥」で初めて知った。

よって、しばらくはこのストーリーが本当にあった歴史的事実だと思い込んでいた…。

純粋な少年だったのである。

 

未来編 

人類は発展のピークを過ぎ、衰退の一歩をたどっていた。

そして、考えることをやめた人間たちは、すべての意思決定権をコンピュータに譲渡した。

あるとき、各国のコンピュータ間で争いが勃発。

それを機に、核戦争へ発展する。

結果、人類は滅びゆくのだが…。

 

未来編は最も恐ろしい話と言っていい。

子供の頃私は、この話を読んだおかげで、コンピュータに対する拒否反応が生まれた。

しかし、今現在私は毎日のようにコンピュータを触っている

私も愚かということだろう。

なお、未来編は猿田が登場することにより、黎明編につながるようになっている。

ここで物語は永遠にループするのことがわかるのである。

 

ヤマト編

時は古墳時代。

愚かなヤマト国の国王の命令により、熊襲王タケルを殺すことになったヤマトオグナ。

熊襲に乗り込んだオグナだったが、オグナはタケルの妹と恋に落ちてしまう。

しかし、二人の恋の行方は残酷な運命をたどるのであった…。

 

この話は、古事記がベースとなっている。

ここでも、私はすべてが歴史的事実だと信じて疑わなかった…。

ストーリー自体はコミカルで、そこまで陰鬱とした雰囲気を持っていないのだが、

ラストはそれなりに考えさせられるものがある。

ちなみに、この話はある意味、黎明編の続きの話ともいえるのだが、そこは是非読んでほしい。

 

宇宙編 

舞台は宇宙。

宇宙船の中には4人の乗組員が乗っていた。

4人はある男の謎の死により、恐怖と疑心暗鬼の渦中へ投げ出されることとなる…。

 

この話はミステリーとなっているため、あまり詳しくは説明しないでおこうと思う。

物語の謎は、是非ご自身で読んで確かめてほしい。

孤独の辛さを思い知らされる一編である。

この作品のおかげで、私は何をするのも”1人を嫌う”少年期を送った。

なお、この物語で猿田の過去が明らかになる。

 

鳳凰編

時は奈良時代。

殺戮と略奪を繰り返していた我王と、仏師茜丸を主人公にした物語。

”我王が茜丸を強奪目的で襲う”という悲劇的な出会いをした二人だったが、

のちに運命が二人を再開させる。

その時我王は、茜丸と同じ仏師となっていた。

 

運命というのは恐ろしいものである。

何の因果で人はつながっているかわからない。

この話を読むと、会社で出会ったあの嫌な上司も、

どこかで不意に再開することもあるかもしれない…。

なんて思ってしまう。

 

復活編

未来の話。

一度死亡した男が、最新科学の実験によって蘇る。

しかし、男には致命的な後遺症が残るのであった。

 

この話は、一言で切ない話である。

愛とは何か?生命とは何か?

を考えさせられる。

子供ながらに、主人公の男がかわいそうだと涙した記憶がある。

一度亡くなったものは、絶対に生き返らないということをこの話から学んだ。

 

望郷編

この物語も未来の話である。

少し物語が複雑なのだが、

簡単に言うと、人間が異星人との混血を作り、子孫を反映していくというストーリー。

人間と異星人の混血種は、悪を知らない純粋な心を持った人々だった。

しかし、一人の宇宙人が持ち込んだ悪の教えにより、

その性格は一転する。

「文明とは何か?」を問う考えさせられる物語。

 

少年期の私にとっては少々刺激が強い作品であった。

悪に染まるエデンの人々を見ていると、

辛く重苦しい気持ちになったことを覚えている。

悪はいけない。

だめ、絶対。

 

乱世編

時は平安時代。

木こりの「弁田」と、その恋人「おぶう」の恋愛ストーリーを軸とした作品である。

ある日、木こりの弁田が町で高価な櫛を拾う。

実は、その櫛は藤原成親の持ち物であった…。

結果として、弁田は家族を殺され、おぶうは連れ去られてしまう。

後に弁田とおぶうは別々の運命をたどりながらも再開する。

だが…。

 

二人が権力により引き離されるシーンは不条理で何とも言えない気持ちになってしまう。

これは、弁田もおぶうも純粋であるが故のこと…。

私は、「火の鳥」の全ストーリーの中で、この話が一番のお気に入りである。

 

羽衣編

天の羽衣伝説を元に描いた実験的作品。

この物語では、終始、舞台を見る観客の視点で物語が進み、

他の物語とは一線を画すものとなっている。

 

小学生の私にとっては、レベルの高い話であった。

当時、太陽編と羽衣編が「火の鳥」のつまらない話ツートップであったが、

大人になり読み返すと、実は面白い話であったことに気づくのである。

 

異形編

時代は室町時代。

八尾比丘尼をモデルに描かれた作品。

父親を殺した因果応報のために、永遠のループから逃れられなくなった女性を描く。

 

この作品は唯一の妖怪ものである。

よって、少年期の私はとても楽しく読ませていただいた。

しかし、永遠のループはトラウマ物の恐怖であった。

 

生命編

自分の欲のために法律の網をかいくぐり、

クローンを殺害するテレビ番組を製作しようとしたプロデューサー。

しかし、クローンになったのは自分自身だった…。

 

この物語では、脳だけを残してロボットになった人間が登場する。

欲望の果ては、空しく、悲しい終着駅が待っているということだろうか?

なお、私が趣味で書く小説に、このストーリーを少し拝借させていただいた。

興味がある人はちょっと覗いてみてほしい。

 

私の作品↓

「寝る」

 

太陽編

「火の鳥」の中で最も長いこの作品。

7世紀と21世紀を交互に描く。

百済の王族の血をひくハリマは戦に敗れ、顔の皮を剥がされた上に、オオカミの頭を被せられる。

これにより、ハリマの頭はオオカミとなってしまう。

一方21世紀では、「火の鳥」を神として崇める宗教団体「光」を撲滅しようとしたスグルが、「光」につかまり、洗脳のため、オオカミ型のヘルメットをかぶせられてしまう…。

 

羽衣編のところでも書いたが、

小学生の私にとって、この話はつまらない話として記憶に残ってしまった。

私は、アートを理解しない、大バカ小学生だったのだ。

 

ギリシャ・ローマ編

朝日ソノラマの出版したの火の鳥を購入すると「番外編」と位置付けられる本作。

この2編だけは舞台が日本ではない。

背景はリボンの騎士に近い気がする…。

 

始めこの作品を読んだときは、これだけ雰囲気が違いすぎて、

他の漫画だと思ったくらいであった。

しかし、実際は黎明編の次くらいに描かれた作品だそうな。

  

最後に

上記の各項目で、個人的感想はそれぞれに入れているが、

改めてここで記しておこうと思う。

手塚治虫は、誰が何を言おうと天才である。

よくぞまぁ、ここまで複雑怪奇な作品を作り上げたものだと関心する。

この作品を一日で読むと、恐らく朝から読み始めて夕方になっていることだろう。

しかし、それだけ時間を使ってまでも読む価値がある漫画である。

きっと読んだ後は、充実した時間を過ごした満足感でいっぱいになることだろう。

 

それから、本日のブログ作成は、「一言あらすじ」を考えるのが意外に難しく、

いささか疲れてしまった。

 

小ネタ

あの浦沢直樹の憧れとしている作品はこの「火の鳥」だそうな。

それから、手塚治虫は生前こんな言葉を残している

「アイデアはバーゲンセールのようにある。」

なるほど、「火の鳥」を描けた理由もわかる気がする。

 

 

 

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