Masasakiblog

アートを愛し、アートに生きよう。。。

No,5 「エドワード・ゴーリー」に出合った私

絵本の巨匠と言えばだれを思い浮かべるだろうか?

五味太郎?

モーリス・センダック?

いやいや、私にとっての絵本の巨匠と言えば

「エドワード・ゴーリー」

f:id:Masanosuke_Sasaki:20190512163047j:plain

エドワード・ゴーリー

である。

 御存じない方もおられると思うが、

そういった方は下記基本情報をチェックいただきたい。

 

さて、私が「エドワード・ゴーリー」に出会ったのは5,6年前

恥ずかしながら、5,6年前、つまり二十代半ばまで「エドワード・ゴーリー」という天才を知らなかったのである。

ちなみに、出会った出会ったと表現しているが、当然ながらアポを取って本人と会ったわけではなく、道でばったり会ったわけではない。

そもそも、「エドワード・ゴーリー」は2000年にあちらの世界へ旅立っておられる。

会えるわけがない。

 

私が「エドワード・ゴーリー」を知ったのは、近所の美術館であった。

私の住むホームタウンは、真性のど田舎である。

今思い返せば、「エドワード・ゴーリー」の描いた原画が大量に展示されるというのはちょっとした大事件であった。

しかし、真性のど田舎住民たち(私も含めてだが…)は、この大事件になんのリアクションもしていなかった。

 

「美術館でなんやらって言う人の展示会するらしいよ」

「ふーん。」

 

悲しきかな、こんな会話が普通に交わされていたのである。

アートが好きな人にとって、絵本が好きな人にとっては巨匠である「エドワード・ゴーリー」は、

普段畑を耕しているど田舎の住民にとって、取るに足らない存在であったのだ。

 

今もそうであるが、私は美術館でイベントがあるたびに、美術館を訪れる美術館フリークである。

「エドワード・ゴーリー」を知らないといえ、当然この展示会にも足を運んだ。

 

そして、あのアダルティな作品に私は衝撃を受けることとなる。

 

なんの期待もせずに訪れた私にとって、「エドワード・ゴーリー」は刺激が強すぎたのだ。

今でもその衝撃は忘れることができない。

例えるなら、好きな女性にいきなりビンタされたような不意な衝撃であった。

 

知らない作家でも、侮ることなかれ

である。

 

では、その魅力を下記に記そう。

 

 

基本情報

「エドワード・ゴーリー」

本名

  • エドワード・セントジョン・ゴーリー

生誕

  • 1925年2月22日

死没

  • 2000年4月15日(75歳)

国籍

  • アメリカ合衆国

代表作

  • 「ギャシュリークラムのちびっ子たち」
  • 「不幸な子供」
  • 「おぞましい二人」   …etc.

 

作風

エドワード・ゴーリーは一言でいうと、”大人向けのカルト絵本作家”ある。

大人向けと言っても、その作風はエロスの方向ではなく、残忍・残酷に舵が向けられている。

独自のモノクローム線画で描かれた作品の多くは、暴力的であり、悲惨であり、陰鬱とした影が背後に潜んでいるのだ。

単に残酷な表現をする作家というのは、この地球上ごまんと存在している。

エドワード・ゴーリーがエドワード・ゴーリーとして認められているのは、残忍な表現の中に、コミカルでシニカルな表現を用いているからではないかと私は思っている。

例えば、代表作である

「ギャシュリークラムのちびっ子たち」

 

ギャシュリークラムのちびっ子たち―または遠出のあとで

ギャシュリークラムのちびっ子たち―または遠出のあとで

 

 

は、アルファベット絵本として有名で、A-Zのいずれの表現においても子供たちが死ぬ。

ここでエドワード・ゴーリーは、「死」というものを洒落の一つのように表現しているのである。

一言で言おう。

エドワード・ゴーリーという奴は、実に

不謹慎

非常識

なのだ(二言になってしまった)。

アルファベット絵本は通常、子供の知育本であるが、

私の子供たちには決して見せることができない残虐な表現をしている


そのため、我が家ではエドワード・ゴーリーの絵本は子供の手の届かない棚に収納してあるのだ。

読めば陰鬱とした読後感から、逃げられなくなるのは必須である。

しかし、私はこんなエドワード・ゴーリーが大好きなのだ。

 

エドワード・ゴーリーと私

私はエドワード・ゴーリーの作品に魅了された変な人間の一人である。

好きな映画はB級ホラー映画であり、難解な実験映画である。

好きな音楽はJAZZであり、BLUESである。

若いころから同級生と話しが合わなかった。

つい最近、友人(女性)に

「エドワード・ゴーリーって最高だから読んでみてよ」

と言って絵本を貸したのだが、数日後その友人は

「最低な絵本だったよ。」

と投げるように絵本を返してきた。

私はこの時、

「こいつはなんてつまらないやつなのだ。」

と心の中で憎まれ口をはいた。

しかし、私はそれでいいと思っている。

そもそも、アートなんて言うものは、個人の好みにその評価が大きく左右されるのだ。

友人にとって、最低であるエドワード・ゴーリーの作品は、

私にとって最高の作品であるのだ。

 

小ネタ

エドワード・ゴーリー選集「Amphigorey」は過去、ニューヨーク・タイムズで<最も注目すべき5作品>の内の一つに選ばれたことがあるそうだ。

ということは、アメリカには私と同じような変な人間が多いということかもしれない。

 

最後に

 断っておくが、上記に記した私の文章は、ただの「表現」であり、決してエドワード・ゴーリー、そのファンを非難した内容ではない。

むしろ褒めている。

個人的に私は「うろんな客」が好きである。 

うろんな客

うろんな客

 

 

ブログランキング参加中!!
クリックお願いいたします。↓↓
ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村