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No,64 女性シュルレアリスト代表ジョージア・オキーフ

女性シュルレアリスト代表ジョージア・オキーフ

 

何故か女性シュルレアリスムは少ない。

いや、これは私が知らないだけかもしれない。

でも、少ない気がする。

だから、今日は女性シュルレアリスムの代表格

 

ジョージア・オキーフ

A Painter's Kitchen: Recipes from the Kitchen of Georgia O'keeffe

 

を紹介しようと思う。

 

ジョージア・オキーフ…。

まずもって、名前が素敵だ。

ジョージアなんて、男の名前だし、

オキーフもなんだか謎めいた音の並びだ。

私は、その名前にまずノックアウトされる。

 

そして、その容姿…。

不細工でもないが、特別美人でもない。

しかし、身にまとう質素な服装のおかげなのか、

異世界の住民のような気がするのである。

 

絵は…。

もう、言うまでもない。

知りたい人は是非この下も読んでください。

 

 

基本情報

「ジョージア・オキーフ」

本名

  • ジョージア・オキーフ

生年月日

  • 1887年11月15日

死没

  • 1986年3月6日
国籍
  • アメリカ合衆国
代表作品
  • 街の夜(1926年)
  • 赤・白・青(1931年)
  • 雄羊の頭、白いタチアオイ、丘(1935年)
  • 骨盤とペダーナル山(1943年) …etc.

 

作風 

 

ジョージア・オキーフ―崇高なるアメリカ精神の肖像

ジョージア・オキーフ―崇高なるアメリカ精神の肖像

 

 

この方は、70年近くのキャリアの中で、風景や花、骨の絵を多く残した。

でもね、その中に紛れて、意味不明の作品を描きまくっているのである。

さらに、その意味不明の作品は、

明らかに女性器をモチーフにしているのではないか?

と思えるものが多い。

どう考えてもセクシャリティを前面に押し出している。

だが、本人は女性器をほのめかしてはいないと強く否定しているそうだ。

 

オキーフさん、それは無理があるよ。

 

といいたくなるのだが、本人が否定するのだから、

本当に女性器をモチーフにしていないのだろう(本当?)。

 

それから、ジョージア・オキーフの作品は、

その色使いが独特で、グラデーションが実に美しい。

冗談抜きで、見ているとあちらの世界へ連れていかれてしまう。

 

特に女性器をモチーフにした(繰り返すが、本人は否定している)作品の多くは、

視点を変えてみると、とても気持ちが悪く、

また、違う視点で見ると、とても美しい。

「気持ち悪い」

「美しい」

が両立しているため、混沌と混乱が観るものを包み込むのだ。

 

さらに、力強い線。

日本画に影響されたらしいが、

一時期ジョージア・オキーフは白黒の絵を描いていた。

水墨画に影響を受けたかららしい。

 

なんだか不思議な絵を探している方は、

是非ジョージア・オキーフの作品を見ていただきたい。

 

ジョージア・オキーフがアーティストになるまで 

 

ジョージア・オキーフ ひとりの女性アーティストとして

ジョージア・オキーフ ひとりの女性アーティストとして

 

 

 ジョージア・オキーフは農家の娘としてこの世に生を受けた。

 

「私が生まれたとこでは土地がすべてなのです。」

 

と本人が言っている。

後に風景画を多く残すようになったのは、幼少期の影響が強いのかもしれない。

 

1905年秋、ジョージア・オキーフはシカゴの美術学校で美術教師を養成する過程に入る。

そして2年後の1907年、19歳でウィリアム・メリット・チェイスという画家ののもとで美術を学び始める。

静止画を多く描くようになったのは、この出会いが大きく影響しているのだとか…。

 

1910年にはジョージア・オキーフは生きるためにフリーのイラストレーターとなる。

この仕事は芸術的なものではなく、完全な商業美術であったそうだ。

ここから約4年間、ジョージア・オキーフは芸術家になることをあきらめていた。

 

ジョージア・オキーフが芸術家として目覚めたきっかけは、アーサー・ウェズリー・ダウという画家との出会い。

アーサー・ウェズリー・ダウのおかげでジョージア・オキーフは解き放たれ、

 

アーティストとしての道を進み始めることとなるのであった。

 

「初めに影響を与えてくれたのはアーサー・ダウだったと思います。ダウは、私だけの何かを見つけるのを手伝ってくれました。」

 

ジョージア・オキーフの木炭画

 

ポスター ジョージア オキーフ Front of Ranchos Church

ポスター ジョージア オキーフ Front of Ranchos Church

 

 

ジョージア・オキーフは一時期、白と黒だけで自身を表現していた。

使用した画材は木炭と紙である。

 

「私は一から出直すことにしました。それまで教えられてきたことを捨て去り、自分自身の考えを真のものとして受け入れるのです…。まず、木炭と紙から出発。表現したいものが白と黒だけでは表現しきれなくなるまで、色彩は一切使うまいと決めました。」

 

こうした木炭画を描くうちに、ジョージア・オキーフは線に命を宿すことができると確信したらしい。

ここで、ジョージア・オキーフに影響を与えたのが、

日本や中国の水墨画だったというのだから驚きだ。

アジア文化も捨てたものではないということである。

 

ジョージア・オキーフのこの取り組みはほんの1,2年で終わる。

白と黒の表現の限界は意外と早かったみたいだ。

 

ジョージア・オキーフの水彩画

 

美の20世紀〈13〉オキーフ (美の20世紀 13)

美の20世紀〈13〉オキーフ (美の20世紀 13)

 

 

ジョージア・オキーフは、白と黒の世界を終えると、

水彩画に挑戦の場所を移す。

 

白黒の世界で自身を押さえつけていたジョージア・オキーフが、

色を得たことにより、融合反応を見せ、

芸術が大爆発するのである。

美しいグラデーションは、ここですでに完成されていたことはとても興味深い。

すぐ後に油絵も描き始めるが、

明らかに水彩画の特徴を継承しているのである。

 

ジョージア・オキーフの油絵

 

オキーフ NBS-J (ニューベーシック・シリーズ)

オキーフ NBS-J (ニューベーシック・シリーズ)

 

 

1920代、ジョージア・オキーフは油彩を使用し、

花の絵を量産している。

女性器を多く書き始めたのもこの頃である。

一言に花の絵というが、その絵はとてもセクシャリティに満ちており、

花弁が、まさにアレのように見えてしまう。

 

「女の世界の感じ方は男とは異なる…女は世界を子宮で感じる…精神は二番目になる。」

 

これは、ジョージア・オキーフの夫アルフレッド・スティーグリッツの言葉だが、

正にこの言葉がぴったりに当てはまる作品が多い。

 

摩天楼

 

PAPERSKY(ペーパースカイ) no.58 モデル・写真家の琉花さんと、ジョージア・オキーフが魅せられた大地へ ([テキスト])

PAPERSKY(ペーパースカイ) no.58 モデル・写真家の琉花さんと、ジョージア・オキーフが魅せられた大地へ ([テキスト])

 

 

ジョージア・オキーフといえば風景画、

そして、ジョージア・オキーフの風景画といえば摩天楼である。

 

だって、お洒落なんだもの。

 

1920年代、ジョージア・オキーフは摩天楼の多く描いた。

そのどれもが格好良く、まさに私好みである。

ところどころ、ジョージア・オキーフの特徴的なグラデーションがちりばめられているところなんか、

ため息者である。

 

私は摩天楼シリーズが一番好きだ。

 

頭蓋骨

 

ポスター ジョージア オキーフ Green Apple on Black Plate
 

 

1930年台になると、ジョージア・オキーフは骨を描きまくった。

代表作「赤・白・青」(1931年)も動物の骨の絵である。

 

「不思議なことにそれらは私にとって、歩きまわる動物たちよりも生き生きしているのです。砂漠がだだっ広く空虚で不可侵で、そしてその美しさにもかかわらず非常でありながらも、そこに激しく生きている何者かの核心に、この骨たちは鋭く迫っているように思えるのです。」

 

正直何を言っているのかわからないが、

とにかく骨には何らかのパワーがあるということだろう。

だが、ジョージア・オキーフの描く骨は、確かに空虚で不可侵な作品が多く、

そこから力強さを感じるのも事実である。

 

皆様はどう感じるだろうか?

 

小ネタ

 ジョージア・オキーフと夫アルフレッド・スティーグリッツとの年齢差は24歳…。

しかも、略奪婚…。

やるな、オキーフさんよ。

 

 

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