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No,65 幽霊みたいな彫刻を作る、恐怖?のジョージ・シーガル

幽霊みたいな彫刻を作る、恐怖?のジョージ・シーガル

 

断っておくが、タイトルには何の意味もない。

ただのタイトルである。

 

しかし、

 

ジョージ・シーガル

 

の造る彫刻は、

そのほとんどが目をつむっており、 

やたらに不気味である。

でもなぜかファッショナブル。

 

そんなジョージ・シーガルの作品は、

デカすぎて家に置きたいとは思わない作品が多いが(その前に不気味だからほしいとは思わないが)、

パブリックアートとして街にあったらきっと素敵だ。

人の形をしているから、深夜であれば、気味悪くて誰も近づかないだろう。

ということは、犯罪防止にも役立つかもしれない。

 

ということで、ジョージ・シーガルを知らない方も、

知ってる人も、ブログを楽しんでいただきたい。

ただ、表面的な知識だけどねw

 

 

 

基本情報

「ジョージ・シーガル」

本名

  • ジョージ・シーガル

生年月日

  • 1924年11月26日

死没

  • 2000年6月9日
国籍
  • アメリカ合衆国
代表作品
  • ガソリン・スタンド(1963年-1964年)
  • 処刑(1967年)
  • 進め-とまれ(1976年)
  • 追放(1986年-1987年)
  • 交差点(1992年) …etc.

 

作風  

 

ジョージ・シーガル展―静止するアメリカン・シーン (1982年)

ジョージ・シーガル展―静止するアメリカン・シーン (1982年)

 

 

ジョージ・シーガルは彫刻家である。

しかし、ありきたりな彫刻を制作しているのではなく、

医療用?の石膏を人体から直接型を取るという、

常識外れの方法で作品を制作していた。

その作品の多くは、色を持っていない。

もちろん色を持つ作品も一定数あるのだが、

そのどれもが全身を一色で塗り固められている。

さらに、作られた人物像は目を瞑っており(バスの運転手も目をつむっている。どうやって運転するんだ?)、

単色と、目を閉じた人物像は、少々不気味な印象を見る者に与えてしまう。

その上、作品の多くは日常風景の一ページが多く、

まるで死人が立ち上がり、日常生活を送っているかのようである。

その姿は幽霊…。

もし家にあったら、夜トイレに行くとき、二度見必須だ。

 

ポップアート全盛期に、アンディー・ウォーホルと個展を開いていたことから、

ポップアートの一人と呼ばれることもしばしばだが、

ジョージ・シーガルは他のポップアートとは全く別物だと私は思う。

というよりも、ポップアートと言えないのではないかとも思っている。

 

初期では絵画も制作していたそうだが、

私はジョージ・シーガルの絵画あまり見たことがない。

やっぱりこの人は彫刻家だ。

 

 

ジョージ・シーガルがアーティストになるまで 

 

ジョージ・シーガル展 GEORGE SEGAL

ジョージ・シーガル展 GEORGE SEGAL

 

 

ジョージ・シーガルは第一次世界大戦後にポーランドから移住してきたユダヤ人の両親のもとに生まれた。

父は精肉やを営んでいたそうだ。

 

小学生の頃からすでに絵に興味を持ち、

高校は現地で有名な秀才高校へ通った。

科学を専攻する頭脳明晰な少年だったそうだが、

勉強ではなく、美術に熱中する。

 

高校卒業後に、美術建築の専門校に進み、デッサンと絵を学んだ。

しかし、大学を卒業した後、美術関係の職に就くことが出来ず、

養鶏業を営んでいた。

 

転機となったのは1953年。

近所に住む大学の美術教師と出会ったのがきっかけだそうな。

美術教師との出会いはジョージ・シーガルの制作意欲を掻き立て、

3年後の1956年から連続して四回の個展を開く。

シーガルの個展は認められ、画家としての道を歩むことになったそうだ。

 

ジョージ・シーガルの彫刻 

 

George Segal: Bronze

George Segal: Bronze

 

 

ジョージ・シーガルは人体に、直接石膏をペタペタと塗り、

その型を取って彫刻を制作する。

この手法は、1961年に発見したそうだ。

 

「その頃、地域のコミュニティセンターの成人向け絵画教室で教えていたのですが、一人の女性が新製品の包帯を持ってきたことがありました。この女性の御主人はジョンソン・アンド・ジョンソンの科学者で、新しい医療用訪台の開発にかかわっていたのです。」

 

包帯を持ち帰ったジョージ・シーガルは、その特性に目を付け、

自分の体に巻き付けて型を取ったのである。

 

「私は画家として出発しましたが、自分にとっては、立体 - 三次元 - の方が快適だということに気づいたのです。」

 

正に運命的出会いだったのだろう。

始めは家族や近所の友人がモデルだったそうである。

 

私は、この石膏で体を覆う方法を写真で見たことがあるが、

モデルはかなり大変そうである。

何しろ全身を石膏で固めるのだ。

文字通り全身である。

途中かゆくなったらどうするんだと思うのは、私だけだろうか…。

 

因みに、ジョージ・シーガルは服を着たまま型を取ることでも有名である。

あの彫刻の服は現実にモデルの着ていた服なのだ。

 

メッセージ性の高い作品

 

George Segal (Modern Masters Series)

George Segal (Modern Masters Series)

 

 

ジョージ・シーガルは、メッセージ性の高い作品を多く残したことでも有名である。

 

「ゲイ・リベレーション」(1980年)

 

「アブラハムとイシマエルの別離」(1987年)

 

なんかは、その代表作品で、

反戦運動(ゲイ・リベーション)や少数者迫害(アブラハムとイシマエルの別離)を訴えているそうだが、

それもが論議を巻き起こす作品となった。

 

だって、公共の場所に設置するんだもん…。

 

本人はその論議をよく思っていなかったらしく(当然か…。)、

うんざりしたジョージ・シーガルは、

一時、静物彫刻へ逃避している。

 

芸術家の悩みという奴だ。

 

 

アンディー・ウォーホルとジョージ・シーガル

ジョージ・シーガルは1962年にアンディー・ウォーホルその他大勢と共に、

シドニー・ジャズ画廊の「ニュー・リアリスツ」展に参加した。

アンディー・ウォーホルが参加したこともあり、

この展覧会はポップアート中心のものであったそうで、

ジョージ・シーガルは一躍、ポップアートの一人として脚光を浴びる。

 

しかし、見てもらったらわかると思うが、

ジョージ・シーガルは当時のポップアートとは別の敷居で作品を制作していた。

ジョージ・シーガルがポップアートであるか否かは、

未だに論争の的になるそうだ。

 

そもそも、ポップアートとは大量生産がテーマなのに、

ジョージ・シーガルの作品は絶対違う気がする…。

 

ジョージ・シーガルと日本

 

George Segal: Street Scenes

George Segal: Street Scenes

 

 

ジョージ・シーガルの作品は、何度か来日している。

実は、ジョージシーガルは日本の芸術に少し影響を受けたそうだ。

 

「日本の旅行では京都が、仏像が特に印象に残りました。」

 

「静止、荘厳、瞑想があって、現実の日本とは全く対照的です。古来の伝統と20世紀が共存している日本は不思議な国です。」

 

「目を開けた仏像の持つ静謐が宇宙の神秘と合体し、共存するのは私にとって非常に興味深いものです。」

 

だとさ。

やっぱり日本の芸術はすごいんだ。

 

 

小ネタ

どうでもいいけど、ジョージ・シーガルの顔って、少し日本的な気がする。

私の親戚のおじさんに似てるから、他人と思えない…。

本当にどうでもいい話でした。

 

 

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