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No,40 キュートなアニメを探している方に…ソビエト連邦出身のアニメ作家、フョードル・ヒートルークはおすすめである

キュートなアニメを探している方に…ソビエト連邦出身のアニメ作家、フョードル・ヒートルークはおすすめである

 

皆様は可愛いアニメというと、何と答えるだろう?

 

アンパンマン?

ドラえもん?

おしり探偵?

 

我が日本国には、かわいらしいアニメが結構多い。

 

では、可愛いロシアのアニメは?

と聞かれるとどうだろう?

答えに窮する方が多いのではないかと思う。 

 

ロシアのアニメを即答する人は、

相当なマニアックな人間か、もしくはロシアから日本に帰化した人くらいではないだろうか?

 

突然、

 

「ロシアのおすすめアニメって何?」

 

と聞かれたときの対策を皆様にお教えしよう。

人生何に対しても対策は大切である。

 

万が一、ロシアのおすすめアニメを質問されたら、

とりあえずこう答えておくことだ。

 

フョードル・ヒートルークかな。」

 

これであなたは、博学マニアックサブカル好き奇人変人を自負できることだろう。

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Fyodor Khitruk

そして、このブログを見てフョードル・ヒートルークに興味を持ち、

DVDを購入したあなたは、私に感謝することだろう。

 

そう、フョードル・ヒートルークの作品はかわいらしい上に面白いのである。

 

もし、私が付き合い始めて間もない彼女を、

自分の部屋に連れ込めたとしたら、

絶対にフョードル・ヒートルークのDVDを流す。

 

そう、

恋愛映画の名作「世界の中心で愛を叫ぶ」

ではなく、

アクションの名作「ダイ・ハード」

ではなく、

 SF映画の名作「アバター」

ではなく、

フョードル・ヒートルークの作品を選ぶ。

 

これで、彼女はこういうだろう。

 

「こんな素敵なアニメ知ってるなんてすごいね(ハート)。」

 

実際に試したことはないので、試された方は結果を報告願いたい。

では詳細情報を下記に記そう。

 

 

 

基本情報

「フョードル・ヒートルーク」

本名

  • フョードル・セブリエビッチ・ヒートルーク

生誕

  • 1917年5月1日

死没

  • 2012年12月3日

国籍

  • ロシア

代表作

  • ある犯罪の物語(1962年)
  • フィルム・フィルム・フィルム(1968年)
  • ヴィンニ=プーフ(1969年~1972年)  …etc.

 

作風

思わずクスリと笑ってしまうような作品。

フョードル・ヒートルークのアニメ作品にはそういった内容のものが多々ある。

それって「かわいい作品」と表現してもいいのではないかと私は思っている。

「キュートな作品」と言い換えてもいい(あ、同じ意味だ…)。

とにかく、フョードル・ヒートルークの描く作品は愛くるしいのである。

 

キャラクタは、写実主義的な八頭身のキャラクタではなく、

アニメらしい3頭身から5等身のキャラクタで、

画面をチョコチョコと動き回るコミカルさを兼ね備えている。

顔も丸、三角、四角を組み合わせたシンプルな顔で表情豊か。

 

さらに、アニメで描かれる背景もいたってシンプルで、

そのシンプルさが想像力を掻き立てさせてくれる。

  

ただし、その内容は、時に風刺のきいた作品があったり、

社会主義国ソ連に対する体制への皮肉たっぷりの内容があったりもする。

ストーリーのテンポが速いため、政治的主張は多少薄れているが、

それでも作者の政治体制への主張を感じることができる。

 

子供と見るときは、ストーリーには気を付けてみたほうがいいかもしれない。

というよりも、大人向けの作品の方が圧倒的に多い気が…。 

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社会主義とフョードル・ヒートルーク

皆様ご存知の通り、ソビエト連邦は社会主義国家である。

よって、ソビエト連邦はすべての文化を、国家建設のために統制していた。

アニメや映画すらもである。

つまり、ソビエト連邦で許されていたアート作品は、プロパガンダ色の強い作品だけであった。

だが、第二次世界大戦が終わり、そういった雰囲気も随分緩和された1960年代初頭、

体制への皮肉をたっぷりと含んだ作品をリリースしたのである。

その第一作目が「ある犯罪の物語」であった。

 

今まで、プロパガンダ色の強い作品しか見ていなかった観客は、

フョードル・ヒートルークの作品に衝撃を受け、そして大いに喜んだそうな。

社会主義国家の下で生活を送ったことがないのでわからないが、

きっとフョードル・ヒートルークは

ものすごい勇気があって、

見上げた根性の持ち主だったのだろう。


М\Ф "История одного преступления"\"One crime history" 1962

 

フョードル・ヒートルークという人物

フョードル・ヒートルークは1917年、ユダヤ人の家族に生まれた。

モスクワで美術系学校を二つも出ている。

1938年には国立ソ連動画スタジオ(ソユーズムトフィルム)でアニメーターとして働きはじめ、短編・長編など、多くの作品に携わったとか…。

ロシアではやはり国民的英雄のようで、切手にもなっている。

 

容姿は、アルフレッドヒッチコックのような雰囲気を持っている(剥げてて、白髪のせいかもしれないが…)

 

そして、あの時代の人は皆そうだが、フョードル・ヒートルークは、ウォルト・ディズニーをリスペクトして止まなかったそうだ。

 

因みにだが、1938年というのは、ディズニーが世界初の長編アニメ「白雪姫」を発表した年である。

また、フョードル・ヒートルークが監督したヴィンニ=プーフはロシア版「くまのプーさん」である。

 

Russia's Winnie-the-Pooh: Fyodor Khitruk's Vinni-Pukh

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手塚治虫とフョードル・ヒートルーク

この項目は完全な私見であるので、悪しからず…。

フョードル・ヒートルークのデビュー作「ある犯罪の物語」を見た私は、

どこかで見たことのある作品だと思ってしまった。

 

この手の作品を見まくったせいで、自分の頭が混乱してしまったのかとも思ったが、

いやいや、どう考えても何かに似ている。

そこで、私は思い出したのである。

手塚治虫の

「ある街角の物語」

を!

タイトルはそっくり(「ある犯罪の物語」は単なる後付邦題だが…)、

発表年は1962年と同じ、

何より、内容が割と似ている。

 

両者とも、広島国際アニメーションフェスティバルで何やら役員をしていたようであるし、

絶対に関係性がないとは言えないだろう。

どっちがパクっただの、下世話なことは言うつもりがないが、

何か情報が欲しいものである。

知っている人はコメントいただきたい。 

 

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小ネタ

フョードル・ヒートルークがデビューした時、アメリカとソ連は対立しており、キューバ危機で緊張が高まっていた時代ということである。

この辺の歴史は詳しくないのだが、やばいときに作品を作ってたのだなということだけはわかる。

 

世界的なヴァイオリニストアナスタシア・ヒートルークは孫らしい。
が、それはまた別の話…。

 

 

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