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No,67 世界中で(もちろん日本でも)愛される絵本作家ワイルドスミス

世界中で(もちろん日本でも)愛される絵本作家ワイルドスミス

 

今更語るのもどうかと思う。

そう、

 

ワイルドスミス

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ブライアン・ワイルドスミス

 

はそれほどに有名な絵本作家だ。

いつもそうだが、私は誰もが知っているアーティストを紹介するとき、

緊張してしまう。

だって、間違ったことを書いたら、ファンから何を言われるのかわからないからだ。

 

今日、このブログを書いている今も、実は緊張している。

 

私は、休日になるとよく、子供と一緒に図書館に行く。

理由は、子供が絵本大好きであることと、

子供たちが絵本に集中している時、

私はフリータイムを得ることができるからである。

 

昨日も私たち家族は図書館に足を運んだ。

ふと、子供たちが何を読んでいるのか気になり、

後ろから読んでいる絵本をのぞいてみたのだが、

開いていた絵本は正にワイルドスミスの、

「ブレーメンの音楽隊」(1999年)であった。

 

その時私はこう思ったのである。

 

「明日のブログはワイルドスミスについて書こう」

 

と…。 

 

 

基本情報

「ブライアン・ワイルドスミス」

本名

  • ブライアン・ワイルドスミス

生年月日

  • 1930年1月22日

死没

  • 2016年8月31日(86歳)
国籍
  • イギリス
代表作品
  • ワイルドスミスのABC(1962年)
  • マザーグース(1964年)
  • お月さまのさんぽ(1978年)
  • わたしのメリーゴーランド(1988年)
  • ブレーメンの音楽隊(1999年) …etc.

 

作風 

 

どうぶつ (ブライアン・ワイルドスミス作品選)

どうぶつ (ブライアン・ワイルドスミス作品選)

  • 作者: ブライアン・ワイルドスミス,わたなべしげお
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絵本作家のお手本、

絵本作家の基礎、

絵本作家の憧れ、

それがワイルドスミスである。

現在の絵本はこの人からスタートしているといっても過言ではないと思う。

日本でいえば、

五味太郎(No,8 絵本作家の巨匠「五味太郎」参照)?

 

かこさとし(No,31 かこさとしっていいよね。絵本の見本だよね 参照)?

せなけいこ?

とにかく、このレベルの人に値するだろう。

 

あたりさわりのない話になってしまうが、

ワイルドスミスの魅力はその色彩感覚にある。

「色彩の魔術師」と呼ばれているほど、

その色使いには定評があり、カラフルな絵本を見れば、

子供はもちろんの事、大人もワイルドスミスの世界に連れていかれること必須である。

絵の多くはグワッシュと呼ばれる画材を使用しているそうだ。

 

「油絵の具は好きなのですが、乾燥に時間がかかる。水彩画は美しい材料ですが、淡すぎる。というわけで、ぐわっしゅは私にとって完璧な材用なのです。」

 

というくらいだから、その画材を使う頻度は高い。

 

作品のテーマは、自身の経験したことや、人生観をテーマに描くことが多いそうだ。

特にいのちをテーマにした作品は、ワイルドスミスが子供たちに何を伝えたいのかが明確である。

 

中でも、「いぬとかりゅうど」(1979年)は自分の飼っていた愛犬の死を描いたものであり、

慈悲がたっぷりと注ぎ込まれた良作である。

 

他にも、「うちゅうせんノア号」(1980年)では、環境汚染や自然破壊につての問題提起をし、

 

「ジャックせんせいのおどろ木」(1994年)では、人間のエゴをテーマにしている。

 

ワイルドスミスの絵本は意外にも深いのである。

 

 

ワイルドスミスが絵本作家になるまで  

 

石坂浩二のマザーグース (講談社の翻訳絵本)

石坂浩二のマザーグース (講談社の翻訳絵本)

 

 

ワイルドスミスは高校時代、化学が大好きだったそうだ。

そんなわけで一時、科学者を目指したワイルドスミス。

しかし、ある日のこと、物理のクラスに行く途中、

「自分は本当にこれを一生続けていきたいのか?」

と自問自答したそうな。

高校生で、こんな自問自答するなんて、すごい高校生だ。

その後、自分がなりたいのはクリエイターであると確信。

大学進学をロンドン大学芸術学部に決める。

 

大学卒業後、兵役に服し、

退役後、挿絵のデザインを仕事とする。

しかし、当時無名のワイルドスミスは、

50を超える作品を制作するが、売れたのがたった一つという、

憂き目にあってしまう。

 

絵で生活ができないと気が付いたワイルドスミスは、

3年間、教師の仕事をする。

この間に妻オーレリーと結婚している。

 

しかし、3年後、絵の夢を捨てきれないワイルドスミスは、

ブックカバーを手掛ける仕事を始める。

この仕事を始めるにあたり、背中を押したのはオーレリーの一言、

 

「なぜ教えるのをやめて、あなたのやりたいことをしないの?」

 

であった。

因みに、この時オーレリーは妊娠している。

妊娠を隠してこの言葉をワイルドスミスに送ったらしい。

後にワイルドスミスは、

 

「妊娠を知っていたら、安定した収入を得ることのできる教師を続けていた。」

 

と言っていることから、

妻オーレリーは勇気のある女性だったのだろう。

 

その後の、活躍は皆様の知っている通り。

デビュー作は大いにウケ、

世界の絵本作家になったのでした。

 

 

デビュー作

 

Brian Wildsmith's ABC

Brian Wildsmith's ABC

 

 

デビュー作は「ワイルドスミスのABC」という作品。

A~Zまでの頭文字をにあった挿絵を描く作品だが、

この作品を出版するにあたり、出版社がかなりいい仕事をしたそうだ。

 

当時、ブックカバーのデザインを仕事としていたワイルドスミスだが、

評論家の批評にワイルドスミスは精神的なショックを受けていた。

その批評というのがこちら

 

「今やわれわれは、ブライアン・ワイルドスミスの描くアラビアン・ナイトで非常な攻撃を受け、奈落の底に落とされてしまった。彼の漫然とした落書きのような絵は、ただ無駄に絵の中をさまよっているにすぎず、大変なショックである。」

 

いうよね、こんなこと言われたら、誰でもショックを受けるに違いない。

しかし、当時のワイルドスミスの担当者はこう言ったそうだ。

 

「とんでもない!これは始まりよ。私たちがオックスフォード大学出版局なのだから、あんな馬鹿な人たちの言うことを気にしてはだめよ。」

 

そしてこう続けたそうだ。

 

「実はあの批評が、あなたには私たちが必要とする何かがある、と気づかせてくれた。ABCを作ってみようと思ったことはある?」

 

と。

こうしてできたのがデビュー作「ワイルドスミスのABC」(1962年)である。

 

評論家たちよ、ざまぁ。

 

ワイルドスミスの持つ絵本への想い

 

お月さまのさんぽ

お月さまのさんぽ

 

 

ワイルドスミスは絵本への想いをこう語る。

 

「絵本を制作するときは、いつでもその本と恋に落ちるまでは制作できません。」

 

つまり、ワイルドスミスは絵本に恋人のような情熱を注いでいるのである。

 

さらに、

 

「子供にとって最も大切なこと、それは慈悲です。美しい絵や色彩を通して子供たちに慈悲を見せつけるのです。」

 

ちょっとクリスチャン的な発想だが、ワイルドスミスの絵本に対する気持ち、

子供に対する気持ちがとてもよくわかる一言である。

  

 

命と絵本

 

ノアのはこぶね (大型しかけえほん)

ノアのはこぶね (大型しかけえほん)

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ワイルドスミスの作品は、深いメッセージが込められたものが結構ある。

そのメッセージのテーマの大きな柱が「命」だそうだ。

 

「生きることは素晴らしい。というよりも、素晴らしいものにできるものだと思います。」

 

絵本作家の鏡だな。

 

 

ワイルドスミスと日本

 

夢の国のちびっこバク

夢の国のちびっこバク

 

 

実は、ワイルドスミスは親日家であった。

1994年にワイルドスミス本人の協力を得、

伊豆高原に「ワイルドスミス絵本美術館」を開園したことからも、

その親日ぶりはうかがえる。

その折、高円宮亮殿下と3人の女王殿下が台覧されたことから、

久子妃殿下が書き下ろされた物語にワイルドスミスが絵を描いた。

それが「夢の国のちびっこバク」(1995年)である。

 

高円宮亮殿下がご公務でロンドンをご訪問された時には、

ワイルドスミスがおもてなしをしたとか…。

 

何度も来日しているワイルドスミス。

好きな日本食は「てんぷら」だったそうだ。

 

 

小ネタ

幼少期、ワイルドスミスは本が全くない環境で育ったそうだ。

唯一の本は「ロビンソン・クルーソー」だけ。

高校の図書館においてあった美術の本はたったの一冊。

でも、ワイルドスミスは絵本作家になった。

夢は諦めちゃいけないということだ。

 

 

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