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No,74 政治に社会にメッセージを送り続けたベン・シャーン

政治に社会にメッセージを送り続けたベン・シャーン

 

或る意味、画家のあるべき姿が

 

ベン・シャーン

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ベン・シャーン

 

の姿なのかもしれない。

 

本日の主人公ベン・シャーンは、

当時の社会に強いメッセージを送り続けていた。

戦争、貧困、自由への渇望…。

 

そのメッセージは暗く、重いものが多いが、

それは、社会主義からくるベン・シャーンの生涯を通してのテーマであった。

 

本日は少し暗い絵を紹介する事になるが、

最後までお付き合いいただきたい。

 

 

基本情報

「ベン・シャーン」

本名

  • ベン・シャーン

生年月日

  • 1898年9月12日

死没

  • 1969年3月14日(70歳)
国籍
  • リトアニア/アメリカ合衆国
代表作品
  • キモノの娘(1929年)
  • ゾラ(1930年)
  • W.P.A.サンデー(1939年)
  • 寓意(1948年)
  • ジャズ(1955年)
  • 我々は何が起こったのか知らなかった(1960年頃) …etc.

 

作風

 

ここが家だ ベン・シャーンの第五福竜丸

ここが家だ ベン・シャーンの第五福竜丸

 

 

暗い…。

この人の作品は本当に暗い…。

スポーツをテーマにした作品であれど、

私の目には暗い作品に見える。

 

なぜか?

 

わからないが、理由として、

ユダヤ人の元に生まれたこと、

貧困のもとで育ったこと、

戦争を体験したこと、

などがあるのではないかと思う。

 

作品に登場する人物は、

多くが目に憂いを残しているし、

不満に満ち溢れているような気もする。

 

きっとベン・シャーンは、スレた心をもっていたのではないだろうか?

なんて思ったりもしてしまう。

 

晩年になり、多少明るい?雰囲気の作品もあるが(ジャズ1955年など)、

それでも、暗い…。

 

画力は卓越したものがあり、

絵を描く人間としては文句なく素晴らしい感性を持っているのだろうが、

購入して家に飾りたいとは決して思わない。

 

そんな作品…。

 

 

ベン・シャーンがアーティストになるまで

 

世界名画全集〈続巻 第16〉ベン・シャーン (1962年)

世界名画全集〈続巻 第16〉ベン・シャーン (1962年)

 

 

ベン・シャーンは1898年リトアニアで、

ユダヤ人の両親の元に生まれた。

祖父も父も彫刻士であったため、

幼少期から芸術に触れ合う機会は多かったようだ。

 

家族はみんな社会主義者。

そんなこともあり、ベン・シャーンは政治にも強い関心を持っていた。

 

ベン・シャーンが13歳の頃、

石版画工の従弟となり、夜間ハイスクールに通いながら、

石版画工を学び始めた。

石版画工の仕事はその後20年近く続けられ、

ベン・シャーンのアートのバックボーンになっている。

 

その後、いくつかの大学で学びながら、

1922年に一度目の結婚。

1925年と1927年には、パリを中心としながら、

ヨーロッパ、北アフリカを旅している。

 

常に弱者や個人に対して何かを訴えかけるような作品を作り続けており、

ヒューマニストであった。

 

 

ベン・シャーンと政治

 

Prints and Posters of Ben Shahn: 102 Graphics, Including 32 in Full Color

Prints and Posters of Ben Shahn: 102 Graphics, Including 32 in Full Color

 

 

ベン・シャーンは社会主義者であった。

描く絵の多くが「政治的絵画」であったとも言われている。

しかし、同時に彼は力強い個人主義者でもあったようだ。

後に、二人目の夫人であるバーナーダ氏はこう語る。

 

「彼は<集合体>としての群衆など、一度も描いたことはありません。なぜなら、群衆という名の個人は存在しないし、群衆を形作っているのは、皆それぞれ異なった顔つき、異なった内面を持った<個人>であるからです。」

 

ベン・シャーンにとって、政府や大きな権力とは、

 

「どのように人に対して大きな影響力を行使してしまうことがあり得るか?」

 

という点が重要であったそうだ。 

 

ベン・シャーンの画家としての思想

 

ベン・シャーン展 カタログ HOMAGE TO BEN SHAHN, A PARCO EXHIBITION

ベン・シャーン展 カタログ HOMAGE TO BEN SHAHN, A PARCO EXHIBITION

 

 

芸術には「内容」と「外形」がある。

しかし、それは二つに分けることができない。

というのがベン・シャーンの思想。

 

ベン・シャーンは実際、ハーバード大学で

 

「内容の外形」

 

というテーマで講演もしたらしい。

 

「すべての絵画は「内容」を持っている。たとえその絵画が、たった一つの形態と色彩しか有していない場合でさえも、である。」

 

ベン・シャーンの言葉であるが、

一番大切なことは、

色彩であっても、形態であっても、テーマにあっても、

そのすべての要素が織り込まれ、かつ相互に関連しあっている。

それが芸術ということだ。

 

つまり…。

 

うーむ、難しいな。

 

ベン・シャーンと京都

 

Ben Shahn-Spring-1988 Poster

Ben Shahn-Spring-1988 Poster

 

 

ベン・シャーンは生前、二度来日している。

一度は1920年代、

二度目は1960年代である。

 

二度目には京都を主にして一か月も

滞在したらしい。

 

この時、ベン・シャーンはこう言っている。

 

「ここは1920年代のパリだ!」

 

どうやら気に入ってくれたようだ。

 

因みに、ベン・シャーンが京都滞在中、

すでに日本で大人気であったベン・シャーンに会いたいと、

多くの日本人画家が東京からわざわざ京都にまで訪問した。

佐藤忠良、朝倉摂、吉田忠…。

時代は「60年安保」の真っただ中。

色々と思うところがあったのだろう。

 

小ネタ

因みに、二人目の奥様バーナーダ氏も画家。

ベン・シャーンが死んだ後、いろんなところで思い出話を語っている。

 

 

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