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No,22 シド・バレット(共感覚を持った天才作曲家)

共感覚を持った天才作曲家シド・バレット

シド・バレット  
オペル ザ・ベスト・オブ・シド・バレット(完全生産限定盤)(紙ジャケット仕様)

オペル ザ・ベスト・オブ・シド・バレット(完全生産限定盤)(紙ジャケット仕様)

 

と言えば、ピンクフロイドであり、

ピンクフロイドと言えば、シド・バレットである。

ピンクフロイドは、20を超えるアルバムを残し、
プログレッシブロックで名声を手にした。
一方シド・バレットは、ピンクフロイドの初期メンバーであるが、
デビューからたった二枚のアルバムを残して、
ピンクフロイドから去っていった。

シド・バレット…。
私の中ではムーミンのスナフキン的な存在に位置する。
天才であるのはさることながら、その孤独感がなんとも言えない格好良さなのである。

上記の説明で、

「昔からシド・バレット好きなの?」

なんていわれそうだが、実はそうでもない。
シド・バレットを知った時、私はすでに社会人として世間の荒波の中にいた。
毎日、同じ時間に目覚め、
毎日、営業ノルマに追われていた。

「やだやだ、人生つまんね。」

なんて考えていたある休日、私はいつもの通り、
とある音楽雑誌を手にしてソファでゴロゴロしていた。
そんな時、やたらに男前の外国人を発見したのである。
何を隠そう、その男がシド・バレットであった。
その見出しは今でもはっきりと覚えている。

「ロック界の奇人シド・バレット」

元来、「奇人・変人」といった単語に過敏に反応する私である。
すぐさま私は、雑誌に掲載されている男「シド・バレット」に興味を持った。
今や、iTunesの月掛料金を支払っていれば、いつでもmp3ファイルを開くことができる。
いい時代である。

スマホを手にした私は、すぐさま得意のフリック入力で「シド・バレット」と検索窓に入力した。
スマホからはアコースティック音楽が流れてきた…。
衝撃であった。
その音楽は、正に「狂気」であった。
アコースティック音楽だというのに、心をグリグリと傷つけるような魔性の音楽が私のスマホから流れてきたのである。
日々の生活に飽きていた私は、すぐに心を奪われてしまった。
そして、こう思うのである。

「こいつ頭おかしい…。」

バンジージャンプのスリルのような(経験ないが…)、
カジノのルーレットで100万円をbetしたような(経験ないが…)、
悪いことして先生に怒られた時のような(経験あるが…)、
耐えようのないドキドキ…。
こんな体験を音楽ですることはあまりない。
シド・バレットの音楽は当時の私にとって、特別な存在となったのであった。

 

 

基本情報

「シド・バレット」

本名

  • ロジャー・キース・バレット

生誕

  • 1946年1月6日

死没

  • 2006年7月7日(60歳)

国籍

  • イギリス

ジャンル

  • ロック
  • フォークロック
  • ブルースロック
使用機材
  • ダンエレクトロ/59-DC
  • フェンダー・エスクワイヤー (円形鏡面を貼り付けた黒いボディのもの)
  • フェンダー・カスタム・テレキャスター
  • ソヴリン・アコースティックギター(安物のギターのようだ)   …etc.
代表アルバム
  • 帽子が笑う…不気味に - The Madcap Laughs(1970年)
  • その名はバレット - Barrett(1970年)  …etc.

 

作風

すでに明記したが、シド・バレットの作品は狂気に満ちている

ソロデビューアルバムのタイトルが
「The Madcap Laughs(帽子が笑う…不気味に)
なのだから、
聴く前からその狂気を感じることができる。
幽幻の世界(帽子が笑う・・・不気味に)(完全生産限定盤)(紙ジャケット仕様)

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ベースになっているのは、フォークブルースなので、

音楽的には比較的聴きやすいのだが、
スピーカーから流れ出るマイナー調の旋律は、少々気味の悪いものになっている。
そのうえ、デビューアルバムも2ndアルバムも、一発録りのような雰囲気があり、
そのライブ感が、その気味悪さを助長する。
 
シド・バレットはピンクフロイドでデビューした時から精神を病み、ドラッグを常用していた。
ピンクフロイドを脱退した直後のシド・バレットの精神は既に崩壊していたようなので、
そういった理由も重なり、極限までに不気味な作品が完成したのだろう。
シド・バレットのデビューアルバムに参加したロジャー・ウォーターズは2ndアルバムを制作する際、

「もう誰もシドをプロデュースできない」

と発言したというのは有名な話。
友人にも見放され、孤独の淵に沈んだシド・バレット…。
そんな背景を知り、彼の音楽を聴くと、不憫とさえ思ってしまう。
ピンク・フロイド&シド・バレット・ストーリー 完全版(日本語字幕付き)[2DVD]

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共感覚

シド・バレットは共感覚という特殊能力を持っていたようだ。
シナスタジアとも呼ばれるこれは、五感の一つが作用したときに、
同時に別の感覚が起動してしまうというもので、
視覚が得た情報に対し、色彩を感じてしまったり
聴覚が得た情報に対し、触感を感じてしまう症状である。


実際にシド・バレットが「何の情報から何を感じたのか?」は本人しかわからないが、
ピンクフロイドのメンバーであり、友人でもあるロジャー・ウォーターズが


「あいつは何か得体のしれないものを感じていた。」


と表現していることから、
常人には計り知れない何かを感じ、それを曲にしていたのではないかと思われる。
共感覚は、アート大好きの私にとっては何とも贅沢な能力であるが、
行き過ぎると、精神に異常をきたしてしまう諸刃の剣なのだろう。

 

時代背景

シド・バレットがピンクフロイドでデビューしたのは1967年。
ロックは黎明期を終え、様々なジャンルの音楽とクロスオーバーしようとしていた。
かのビートルズが「Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band」をリリースした年が1967年だから、
その傾向は顕著だろう(そういえばジミ・ヘンドリックスもこの頃である。詳しくはNo,9 ジミ・ヘンドリックスの残した功績参照)。
そんな中、シド・バレット率いるピンクフロイドは、「夜明けの口笛吹き (The Piper At The Gates Of Dawn)」で電子音をふんだんに使った前衛的な音楽で、リスナーの度肝を抜いた。
この時期のピンクフロイドの音楽はプログレッシブロックとは言えないかもしれないが、


「これがなければ、デヴィッド・ギルモア率いるピンクフロイドはなかった。」


と考えれば、「夜明けの口笛吹き (The Piper At The Gates Of Dawn)」が重要なレコードであることは、否定できない事実である。


繰り返すが、ロックはクロスオーバーを繰り返していた。
ロックの移り変わりが激しい時代、リスナーも

 

「なにがこれからのロックであるか?」

 

を探していた。
時代を先取りしたシド・バレットの音楽は、そんなロックリスナーに受け入れられた。
時代の波を自ら作り、その波を自ら操作したシド・バレットはやはり時代の風雲児だろう。

 

音楽との離別

シド・バレットはソロ2作目「その名はバレット」を発表したとき、精神は既にボロボロだったようだ。
いや、それどころか関係者の話によると、ピンクフロイドでデビューした当時から、
シド・バレットは通常の精神状態ではなかったという。
その結果、「その名はバレット」を発表した後、
音楽活動に終止符を打ち、ガールフレンドと共に故郷のケンブリッジへと帰った。

そして、70年代半ばからは、完全な引きこもり生活を送り始める。
その後は、隠居生活を死ぬまで送った。


最晩年は極度の鬱病により、ピンク・フロイドのメンバーとの面会は許されず、
糖尿病の合併症から失明寸前にまでなっていた。
2006年に死を迎えているが、死ぬ寸前の彼は、過去の男前の彼ではなく、
崩壊したおじさまだった。
ファンとしては悲しいこと限りなしである。

 

 

小ネタ

シド・バレットは、若き頃画家を志望していた。
1964年にロンドン芸術大学のキャンバーウェル・カレッジ・オブ・アーツに進学し、
音楽と並行して「絵」も描き続けたようだ。
音楽界には、彼の絵画を集めるアーティストも少なくないとか…。
もし私がシド・バレットの絵画を持っていたらオークションにかける。
彼がなくなった今、その値段は驚くほどに高いそうだ。

が、それはまた別の話…。

服もカッコいい…。 

 

 

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